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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:見ている!?

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:見ている!?
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:見ている!?
青空が顔を覗かせた真昼の父母ヶ浜には、アキアカネが飛び交う。これは秋の風物詩である。さらにこの時期、早朝の水平線には秋雨前線が低い雲を送り込み、朝焼けがその雲をほんのりと茜色に染めることが多い。

その雲の形と色の変化を見ながら漂着ごみを拾い上げ帰宅すると、メジャーリーグベースボール(以下MLB)のポストシーズンの試合が放送されていた。試合を目で追いながら、フロリダ半島に上陸後州中央部を東へ横断し、大西洋に抜けたハリケーン「ミルトン」の被害を伝えるニュースに心を痛めている。メキシコ湾内で5段階の分類のうち最強の「カテゴリー5」だったハリケーンは、上陸時には3番目に強い「カテゴリー3」となった。フロリダ州のロン・デサンティス知事は、想定していた「最悪のシナリオ」にはならなかったと話したが、MLBポストシーズンの常連球団であるタンパベイ・レイズの本拠地「トロピカーナ・フィールド」の大破した屋根が、その勢力の凄まじさを物語っていた。

それだけでなく米国では9月に、ハリケーン「ヘリーン」が南部フロリダ州に上陸、北上し、ジョージア、サウスカロライナ、ノースカロライナ、テネシーの各州に大きな被害をもたらしている。

北大西洋で発生するハリケーンが、地球温暖化の影響で、上陸後もかつてよりはるかに強い勢力を維持していると、科学者たちが指摘する。その一方で、政府が天候を操作しているという根拠のない陰謀論や、救援隊員さえ標的にしてその行動を「反逆」だと非難する突拍子もない陰謀論についての記事を目にすると、常識が欠落しているのでは?と首を傾げたくなる。とにかく気候変動の問題は、地球規模の最大課題の1つである。

今、診療室での最大の心配事は薬剤不足だ。院外処方箋を発行することもあるが、近隣に調剤薬局がないという不便さを考慮すると、可能な限り院内処方を行うことになる。例を挙げると、受付スタッフから「先生、アモキシシリンも注文しても直ぐには納入できないようです」という報告を聞くことも多い。1年以上も前からそんな状況が続いている。ある時、院外処方箋を発行すると、「近隣の医院からの処方箋を優先するので……」と断りの電話を受け取ったこともあった。

チェアサイドで患者さんに「薬剤が不足して困っています」と話すと、「知っている」と答える人もいれば、驚いた表情を浮かべる人もいる。そして「原因は何ですか?」と返される。

日本では、国が薬価を決定する。薬価が抑えられ、利益の低い薬のために企業が新たに設備投資を行い、増産することは難しい。また薬価は毎年見直されており、判断の元になるのが、製薬会社、薬局、卸し業者などの間で決まる取引価格である。同じような効果をもつ薬を複数の会社で作った場合価格競争が起こり、取引価格や薬価も大幅に下がる。そのことも要因にもなっているらしい。加えて原薬の多くを海外に依存しているという状況が、薬不足の原因の1つであることも指摘されている。 

私は診療室で薬剤不足を心配する一方で、早朝の父母ヶ浜では毎日のように捨てられ流れついたPTP包装薬そのものや、服用後のパッケージを拾い上げる。患者さんの持参する「お薬手帳」で頻繁に目にする薬剤などは当たり前、論ずるに値しない人は自分の氏名の記載された薬袋のまま捨ててある。一昨年、輪ゴムで束ねた睡眠剤40錠が砂の上に横たわっていた時は自分の目を疑った。そして先月の極め付けはインスリンカートリッジだ。

医療費増大、そして日本の医療費の3割は薬剤費という現状のなか、近年の薬剤不足とは裏腹に服用されず捨てられる薬剤、しかも海や川に。実際それを目の前にしたら、やり場のない感情が湧いてこない人などいないだろう

拾い上げたゴミや薬剤の写真を、友人たちにメールやSNSで送ると「神様は見ている」「お天道様は見ている」という文が添えられていた。私は「蟹さんは見ている(笑)」とふざけたメールを打ちながら、薬を服用している世代は、この言葉を聞きながら育ったはずだとも考えた。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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