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随想「顎変型症の人たち」―顎の矯正の手術 第3回:軽いノリで手術を受けようとする人たち

随想「顎変型症の人たち」―顎の矯正の手術 第3回:軽いノリで手術を受けようとする人たち
随想「顎変型症の人たち」―顎の矯正の手術 第3回:軽いノリで手術を受けようとする人たち
手術に向けての予定調整は、入院・手術にまつわるスタッフと場所、そして患者さんおよび矯正歯科医の予定とをあわせて調整するので、それなりに苦労する。手術の2か月前には調整し、1カ月前からは具体的な準備が始まり、最新の検査をして分析して計画をたて、麻酔科に全身麻酔を依頼し、病棟に入院の手続きをし、術中に使う装置を作り、手術室や業者に器具を発注する。
そこまで裏でいろいろな準備を進めているということは、患者さんは気付いてもいないのだろう。

もう、手術前検査もひと通り終わってから、「手術日を変えて欲しい」と言われたことがあった。その理由は、高額療養費制度の申請に関するもの。
高額療養費制度は月ごとの適応なので、入院が同一月内に収まれば入院中の医療費全てが高額療養費制度の適応となる。一方で、入院が月を跨ぐ場合と、一般に手術日を含まない方の月はそこまで高額にならないので、適応される分が減る。
もちろん、高額療養費制度については先に説明してあるうえで「月の最後の週が希望」とのことだったので、こちらは希望通りに敢えて月の最後の週に組んだうえで了解をいただき、そして検査をした後の話だった。
こちらとしては、もう既に次の月までは手術も決めているので最低でも2か月は先ではないと変更ができないし、既に手術前検査も終えて諸般の手はずも整えているので、なんとかそのまま予定した日程で納得して欲しかった。なんたって、本人の希望で敢えてそこに組んだわけだし、手術室も病棟もスタッフもその人のために確保してあるのに、急に辞められても埋められず、そして後が混みあうこととなる。
患者さんは、そんな僕の対応に納得できないと怒りだし、他の病院に行くからいいと言って去って行った。

治療前(手術前の歯科矯正治療を開始する前)の説明はとても重要なので、きちんと聞いたうえで考えて、納得してから治療を始めて欲しい。
かつては、手術前の矯正治療が終わった後に患者さんが紹介されてきて、それから手術や入院に関わるいろいろな説明していたが、なかには「そんな話だとは聞いていない」とトラブルになることも少なからずあった。今は、一切の治療を開始する前に手術リスクや入院調整、そして手術後の経過に至るまでの全てを説明し、よく考えていただいたうえで、治療を開始するかどうか決めていただくようになっている。

そんな、治療前の大切な説明を、スマホでオンライン会議を聞きながら聞く、という人が現れたことがあった。
「その日は診察と説明があります」という口腔外科の初診予約を紹介元の矯正歯科が入れて来た、初めて会う人。その日がだめなら他の日に予約をとってもらえばよかったわけで、こちらからは“オンライン会議を優先するのなら予約のとりなおし、今から説明を聞くならオンライン会議は諦めてもらう”の2択を提示した。
そうしたらその人は、「じゃあ、これでいいすか?」と、イヤホンを片方外した。もちろん、視線はスマホのままだ。
いやいや、それじゃダメでしょ、じゃあ、予約を別日にとりなおしましょう、という話をしたら、“こちらは、矯正歯科にオンラインを聞きながらでいいと言われたから今日わざわざ来たのであって、おかしいだろ!”というクレームとなった。
どうやら理解に何かの相違があったようなのは申し訳ないけれども、とても大切な話なので先ほど提示した2択のどちらかしか対応できない、とこちらも譲らなかったら、「じゃあ、オンラインは諦めて話を聞きますけど、早く終わらせてもらっていいですか?その前に、あなたが責任者ならまず謝ってもらっていいですか!?」と。

え? 僕たちは今、初めてあなたとお会いしたわけで、しかも“診察と説明”という予約に入っていた依頼を実行しようとしているだけで、なんで?と思ったものの、「矯正歯科にはそれでいいと言われてわざわざ今日来たわけで、科が違うと言われたって同じ病院なんだから、まず謝罪すべきでしょ!」と。
一瞬、“いやそれおかしいだろ”と思ったものの、“同じ病院職員だろというのは、一理あるな”と思って、どこかで言葉がかけちがって認識の相違が起きたことに対して頭を下げてお詫びをした。
それから、かなりストレス耐性の強い後輩に説明をしてもらったのだが、結局スマホはしまったものの頬杖をついて全く目線をあわせずに“早く終わらせろよ”オーラがすごく、「話、聞いてます?」と聞いても、「はいはいはいはい」みたいな態度だったと、さすがの彼もイラついていた。
その説明の間に、矯正歯科の担当医を裏で呼び出して事情を聞いたら、「えー!そんなこと言ってないですよー!」と、膝から崩れるくらいに驚いていた。



著者中久木康一

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野非常勤講師

略歴
  • 1998年、東京医科歯科大学卒業。
  • 2002年、同大学院歯学研究科修了。
  • 以降、病院口腔外科や大学形成外科で研修。
  • 2009年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野助教
  • 2021年から現職。

学生時代に休学して渡米、大学院時代にはスリランカへ短期留学。
災害歯科保健の第一人者として全国各地での災害歯科研修会の講師を務める他、野宿生活者、
在日外国人や障がい者など「医療におけるマイノリティ」への支援をボランティアで行っている。
著書に『繋ぐ~災害歯科保健医療対応への執念(分担執筆)』(クインテッセンス出版刊)がある。

中久木康一

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