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随想「顎変型症の人たち」-顎の矯正の手術 第5回:想定通りではない偶発症が起きた人たち

随想「顎変型症の人たち」-顎の矯正の手術 第5回:想定通りではない偶発症が起きた人たち
随想「顎変型症の人たち」-顎の矯正の手術 第5回:想定通りではない偶発症が起きた人たち
なぜか、めちゃめちゃ腫れた人がいた。尋常でないほどに。そして、なかなかひいてこなかった。患者さんには「そういう時もありますかねー」なんて余裕をみせた対応をしつつ、裏ではいろいろ調べたり探ってみたりしたものの、解決策は見つからなかった。結局、なぜそうなったのか、わからなかった。

首が曲がった人もいた。真っすぐにすることはできるようなのだけど、どうにも曲がってしまう。さすがに頸椎とかがおかしくなったのかと他科にコンサルをかけてみたものの、さっぱりわからず。
顔面神経の不随意な運動が出て、食事ができなくなった人もいた。麻痺ならまだしも、何だこれは?という症状。これまた他科にコンサルかけてみたが定型的ではなく、既にとっていた対応で良いのではないかとのこと、とにかく時間を待つこととなった。

なんで?というわからない偶発症は、少なからず存在する。たいていは時間とともに落ち着いては来るが、やっぱり原因や因果関係はわからないまま。だからこそ、そう気軽に手術に踏み込むものではないのではないかと思う。

もちろん、想定できる偶発症も、いくつも経験した。骨を固定したプレートが、折れた人、曲がった人。びっくりするくらいに出血が多く、なんとか輸血はしないで済んだものの、もともと痩せた小さな人だったこともあり、回復に時間もかかり口唇ヘルペスも出てきて入院が長くなった人。
手術直後は良かったのに、半年、一年とするうちに、だんだんとまた前歯が開いて来てしまった人。退院後に外来に来たら、何か噛み合わせがおかしくなっていて、「えっ!なんで!?」と焦っていたら、次に来た時には「急に治りました」と、とても良い手術中の噛み合わせに戻っていた人。どうにも、筋肉や関節の関係があるのだろうが、よくわからないことばかり。

もともと死ぬような病気ではなく、QOLの手術だからこそ、そのリスクをきっちり本人が把握して、それと天秤にかけてもやるメリットがあるかを考えてもらうことが大切と思うので、よく説明している。
たまに、「なんだこれは?」と内心こちらは焦っていても、「そういうときもあるって、先生言ってましたよね」と患者さんに言われて、ちょっときょとんとしてしまったりもする。

明らかに顔が曲がっていて、これは手術するほうがいい!という気持ちで全力で説明したものの、「顔は曲がってるままでいいです」と、手術をしなかった女の人も複数いた。まあ確かに、顔や口は曲がってはいるけれども、Big Smileで笑える魅力的な人たちだった。なかには、説明はしたもののその後来なかったので、手術はせずに矯正単独で治療することにしたのかと思っていたら、3年くらいしてから急に「手術で治したい」と現れた人もいた。

それぞれ、特に手術を受ける方々は若い方が多いからこそ、しっかりと時間をかけて考えてもらうことも大切だと思う。

とはいえ、年齢が上がってくると、どうしても「こちらとしては予定通りなのだけど、本人としては想定外」ということが少なくない気がする。
10代後半くらいで手術をすると、すぐに回復して経過も良好、偶発症はほぼ出ないか軽微で、偶発症が出たとしてもみるみる治っていく。手術直後から、病院食のご飯を大盛にしてもらっても足りず、一番の訴えが「腹が減った」だったラクビー部員もいた。

しかし、年齢があがると、偶発症の発生率もあがるし、なかなか治らない。もちろん手術前から再三再四説明はしているのだが、「自分はまだ大丈夫」と思っている人が多い。

そして、日本人の顎変形症は主には顎が出ている人が多く、手術をすると骨が引っ込むので小顔になるのだが、結果的に皮膚はたるむ。20才くらいの女子に、術後に二重顎になったと入院中に自殺しそうな勢いで泣かれたのには参ったが、退院後にはすぐに皮膚がなじんできて笑顔になった。

おおむね30才を超えて来ると、特に女性は、顔の変化にとても敏感になる。多分にもう10年ほどは、化粧も定まり、毎日同じ顔を見続けている。対して男性は、いまどきの若者たちは違うかもしれないが、そこそこの年齢の人は自分の顔なんてたいして見たこともなく、証明写真を撮ると「自分はこんな顔なのか」とびっくりしたりする。

そして、皮膚はなかなか、というか、いつまでも、馴染んで来ない。ずっと太っていた人が痩せても、皮膚はダルダルと余るのと同じで、年齢があがれば馴染まない。これもまた、取り戻せないことだから致し方ないことであり、説明はしているものの、想定以上なのか否定したいのか、年齢があがるほどになかなか理解いただけない方も出てくる。

もちろん、歯科矯正治療でも変化はあるのだが、時間をかけて徐々に変化していくだけに、受け入れられる面もあるのかなと思う。でも、外科は、急激な変化だからこそ、そして期待が大きいからこそ、受け入れが難しいのかもしれない。

著者中久木康一

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野非常勤講師

略歴
  • 1998年、東京医科歯科大学卒業。
  • 2002年、同大学院歯学研究科修了。
  • 以降、病院口腔外科や大学形成外科で研修。
  • 2009年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野助教
  • 2021年から現職。

学生時代に休学して渡米、大学院時代にはスリランカへ短期留学。
災害歯科保健の第一人者として全国各地での災害歯科研修会の講師を務める他、野宿生活者、
在日外国人や障がい者など「医療におけるマイノリティ」への支援をボランティアで行っている。
著書に『繋ぐ~災害歯科保健医療対応への執念(分担執筆)』(クインテッセンス出版刊)がある。

中久木康一

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