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随想「顎変型症の人たち」―顎の矯正の手術 第2回:メンタル要素からの期待と現実

随想「顎変型症の人たち」―顎の矯正の手術 第2回:メンタル要素からの期待と現実
随想「顎変型症の人たち」―顎の矯正の手術 第2回:メンタル要素からの期待と現実
手術効果には整容的な面も大きく、そして健康保険の適応ということもあり、いろいろな人が来る。
ちょっと残念な二重の手術をされていたロリータファッションの人、手首には数十本の傷跡があった。自分らしく生まれ変われて、幸せになっているといいなと思う。
顎がずれたり開咬になったりする人には、メンタルの薬を飲んでいる人が多いようにも思えて調べてみたが、よくわからなかった。
顎変形症が先なのか、メンタルが先なのか。
メンタルが先の場合に、顎変形症にその原因をかぶせて来る人も、いるように思う。

数県を跨いではるばるやってきた、濃いサングラスを外さない人。
こちらはその真っ暗な、太陽に吠えろみたいなサングラスに向かって問診したり説明したりするしかなく、とてつもなく話しにくかった。
既に、なんちゃって美容外科みたいなところで、カモフラージュの顎の骨削りを2回もされていた。
顎変形症として手術をすると逆に顎の輪郭がおかしくなり、再度その既に削られてしまった骨の分をどこかから盛り足すような美容手術をしないと、バランスはとれなくなる。
そして、いま気にしている顎の微妙なゆがみが良くなると、「不登校」が解消されるのかは、僕にはなんともいえない。
ちなみに、診察時にサングラスを外してもらったら、想像していたのとは全く違う、ちょぼんとした可愛いお目々だった。

「かなり変わっている人なのでお願いします」という紹介もあった。
なんだか、某歯学部と、某歯学部は、揉めて出禁になったそうだ。
確かになかなかのキャラで、時に爆発させてしまったこともあったが、その人なりの論理の筋は通っている人だった。
ただ、生活保護受給者だということを、偏見で見る医療者も少なくなかった。
その時に一緒のチームだった後輩たちは、そんなことは一切気にせず患者さん本人と付き合う人たちだったので、入院生活もそれなりにやり過ごし、僕たちとの関係は良好だったと思う。
しかし、とある偏見を持つ後輩は、「働かないで生活保護を受給しているのに、顎変形症の手術を自己負担無しに受けるのは納得がいかない」というようなことを言ってきた。
「じゃあ、うちで雇用して、明日から君の下で働いてもらうから、指導してくれる?」と返したら、「絶対に嫌です」と。
「あの人が仕事を探したとしても、雇う会社は……無いよね」と伝えたら、納得したみたいだった。

手術は、どんなに丁寧にやって大成功を収めたとしても、どうしても傷はできるため、それに随伴する症状が出ないとは約束できない。
治療開始前にも、そして手術前にも、それらの手術に伴い起きて来る症状については時間をとって丁寧に説明し、更には質問にもひとつずつお答えしたうえで、そのデメリットを超えたメリットを承諾するという同意をいただいてから、治療や手術をしている。
なかには、手術前の説明に2時間とかかかったり、なんなら一度では終わらずに何度も長時間の予約をとって繰り返したりすることとなる人もいる。そのうえで、デメリットも受け入れて理解納得したと同意をいただいた人しか手術はしていないのだが、ずっと攻め続けられることとなることもある。

こちらは条件の悪いなかでうまく工夫して、かなり軽微な随伴症状しか出さずに終わらせられて満足した場合でも、本人が気になると言い出してとまらない場合は、どうしようもない。必要時には検査をしたりもするが、特段の異常がなければ、あくまでも予定通りの随伴症状でしかないので何ができるわけでもなく、対応が悪いと病院へのクレームとなったりすることもある。
“こんなに時間をとって頑張って対応したのに、結局理解してもらえなかったか……”というがっかり感とともに、正直、これでこの苦しさから解放されるのかとほっとする気持ちもある。しかしなんと、第3者による調査や面談の後に“本人が希望した”ということで戻って来たこともあった。
もはや、あとは自分の身体の傷を治す力に期待して時間を待つしかないし、身体的な意味では診察する内容も通院の意義も無いのだが、それを受け入れられない人は、何年経っても予約を取り続け、過去に固執しつづける。
せっかく手術して機能する体となり条件は整ったにもかかわらず、生まれ変われない人もいる。

顎の変形は、成長にともなって目立ってくることもあるが、外傷による人もいる。
外傷は、交通事故と、飛び降りとが多いように思う。
飛び降りの人は、また飛び降りる人が多いらしい。
僕自身は飛び降りでは経験はしなかったが、DVでの顎骨骨折の人は、2回目のDVでの骨折だった。
お見舞いに新しいパジャマを買って来た旦那さんと、「俺が悪かったよ」「いや私が悪いのよ」合戦をして、嫉妬するほどのラブラブだった。
ほんと、それなら、もう殴らないでくれよ……。
腰骨も折れていてベッド上安静で、えらいしんどい体制で歯にシーネを付けて固定をしていたら腰がピキッといって、その後しばらく腰椎ヘルニアで横になってばかりで働けなくなったこともあり、忘れられない。

飛び降りの顔面外傷は、立体感を出すのが難しい。
特に、上顎の鼻周りの骨は薄く、そうそう固定もできない。
ボロッボロのぐちゃっと潰れたものを、粘膜の瘢痕に負けずにここまで盛り上げたことに、こちらは120点をつけていても、本人は「元の顔」では無いと訴える。
患者からすれば「自分を落としたのは病気」なのだろうが、こちらからすれば「自ら落ちたのはあなた」であって、これでもかなり自画自賛の限界を超えた状態なんですけど……と思ったところで、理解されるわけもなく。
なんたってすでに限界を超えており、そして瘢痕バリバリだし骨はスカスカの穴あき状態、どうにかしてくれと言われても、これだけ条件が悪いとかなりリスクが高く、もう一度手術しても良くなるどころか、より悪くなることもあり得ると説明せざるを得ない。
自分の顔が取り戻せない、ということ自体が、もともとメンタルなのに更にメンタルを悪くさせるのかもしれず、つまりはまた飛び降りたりされてもいけないのだが、リスクが高すぎて・・・
あのときどうするべきだったのか、未だにいい案は思いつかない。

著者中久木康一

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野非常勤講師

略歴
  • 1998年、東京医科歯科大学卒業。
  • 2002年、同大学院歯学研究科修了。
  • 以降、病院口腔外科や大学形成外科で研修。
  • 2009年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野助教
  • 2021年から現職。

学生時代に休学して渡米、大学院時代にはスリランカへ短期留学。
災害歯科保健の第一人者として全国各地での災害歯科研修会の講師を務める他、野宿生活者、
在日外国人や障がい者など「医療におけるマイノリティ」への支援をボランティアで行っている。
著書に『繋ぐ~災害歯科保健医療対応への執念(分担執筆)』(クインテッセンス出版刊)がある。

中久木康一

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