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随想「顎変型症の人たち」-顎の矯正の手術 第4回:興味があり過ぎる人たち、常識の違う人たち

随想「顎変型症の人たち」-顎の矯正の手術 第4回:興味があり過ぎる人たち、常識の違う人たち
随想「顎変型症の人たち」-顎の矯正の手術 第4回:興味があり過ぎる人たち、常識の違う人たち
めちゃめちゃネットで勉強してきたりして、なんなら僕も知らない矯正歯科の専門用語を使って話す人がいた。もっとも、「すみませんが、それは矯正歯科のことでわからないので、矯正歯科に聞いてください」としか言いようがなかったが、すごい興味だった。まあでも、ある意味、自分の身体を他人に任せるわけだから、そこまで本気で取り組んでくれることは、こちらとしてはありがたい。

「興味を持って、手術の動画をインターネットで見てしまった」という人もいた。海外のサイトでは、教材のような感じで、比較的見られるそうだ。とはいえ、「怖くなってしまったから見なければよかった」そうだ。

若干、興味があり過ぎる感がある人も、少なからずいる。
娘の手術に対し、とても細かく質問してくる父親がいた。娘本人はもう“チンプンカンプンなのでお任せします”という感じだが、父親は心配なのだろう、いろいろと調べて学んできているのでどんどんと質問がディープになっていき、むしろ娘はそっちのけで研修医と術式のディスカッションをしている感じにさえなっていた。次の診察の時、なんと日本顎変形症学会学術大会に参加して「先生の発表も聞きました」と言われてびっくり!
まあ、もともと理系の研究者か何かなのだろうが、いろいろな人がいるものだ。

細かすぎる質問をしてくる人を嫌がる医療者もいるけれども、僕は嫌いではない。むしろガチンコで質問してくるほど本気で向き合ってくださり、患者(と家族)と対等にディスカッションできて、最終的に納得したうえで信用して任せてくださるという関係性が、本当はいいのではないかと思う。

ユーチューバーのようなことをやっている人がいた。
手術前の矯正治療中も診察中の様子を撮影して配信していて、その是非は、常識として嫌がる人もいるが、権利としてはあり得るような気もして、僕には簡単にはどっちとも言えない。しかし、少なくとも病院は個人情報の塊みたいなものだから、他の人や情報が映る可能性のあるものは辞めてもらうように制限した。
結局、入院中も、誰もいないトイレとか、カーテンを閉めきった自分のベッドの上とかから、全く他の方が映らないように配信していたらしい。配慮されているので個人の自由の範囲かもしれないのだが、嫌がるスタッフや患者さんもいたので、経過も順調だったので早めに退院していただいた。

この方、手術中のビデオを撮って、それを欲しいと希望された。医学生を目指している人とか、まれにある希望だが、そのまま配信されるのはさすがにまずい。手術中のビデオは、教材として編集して非公開で掲載したとしても、インターネット上ではバイオレンスなので制限されることもある。これは“倫理”かもしれないが、“患者の当然の権利としてビデオを撮影してお渡しはするものの、あくまでも自分で観るだけで公開はしないで欲しい”と説明し同意をいただいた。後日、その人のユーチューブを見てみたら、「うわー、ここらへんを、こんな風に切られていますー!これはグロい!」みたいに、本人が動画を見ながら自分の手術を実況中継する姿だけが映っているという、ちょっとコミカルな動画になっていた(笑)。

どこまではよくて、どこからはダメ、というのは、人間の多様性は広がっているので、「常識」というものはなくなってきており、難しい。
とはいえ、どこまで説明したりルールを作ったりすればいいのかも限界がある。

常識の違いと言えば、手術の予定の希望を聞いたら、土日を指定して来た人がいた。「なんで日曜日はダメなんですか?仕事が休みの時がいいんですけど。」と。
ちょっとびっくりしながら、「えっと、土日はいちおう、一般的に社会全体が休みの日で、病院は救急外来とか対応する部署もあるけど、予定が組める診察や手術とかは病院も休みなんです」とタジタジしながら説明したら、「ああ、そうなんですか」くらいであっさり納得してくれた。特に、深い意味があって聞いたわけではないようだった。

考える前に聞く、という時代になったんだな、とも思ったが、感覚としての常識は変わって来ているのだろう。
病院も、コンビニのように24時間365日いつでも対応してくれて、全国どこの店舗に行ってどの店員さんから買っても同じ、というような感覚になってきているように思える。あわせて、オーダーメイドではなくレディメイドの規格化されているものを、ユーザー側が選択権を持って組み合わせる感覚になってきているような印象も受ける。
病院での医療は、基本的にはその人の病状にあわせてオーダーメイドでなされるものだと思うのだが、薬局でもいろいろな薬が買えるようにもなってきているし、美容関係の医療とかは患者側が選んで受けるものだし、感覚が変わって来ているのだろう。


著者中久木康一

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野非常勤講師

略歴
  • 1998年、東京医科歯科大学卒業。
  • 2002年、同大学院歯学研究科修了。
  • 以降、病院口腔外科や大学形成外科で研修。
  • 2009年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野助教
  • 2021年から現職。

学生時代に休学して渡米、大学院時代にはスリランカへ短期留学。
災害歯科保健の第一人者として全国各地での災害歯科研修会の講師を務める他、野宿生活者、
在日外国人や障がい者など「医療におけるマイノリティ」への支援をボランティアで行っている。
著書に『繋ぐ~災害歯科保健医療対応への執念(分担執筆)』(クインテッセンス出版刊)がある。

中久木康一

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