TOP>コラム>でんぷん論争

コラム

でんぷん論争

でんぷん論争
でんぷん論争
でんぷんが齲蝕のリスクとは関係ないと日本の予防歯科の教科書に書かれていると聞き、大いに疑問に思いました。でんぷんは齲蝕原性である発酵性炭水化物に含まれるので関係はあるはずなのですが、情報を整理してみる価値がありそうです。

そもそも、その教科書が引用しているのは、以下の論文でした。
Moynihan P, Petersen PE. Diet, nutrition and the prevention of dental diseases. Public Health Nutr. 2004 Feb;7(1A):201-26. 

この論文のファースト・オーサーは齲蝕と食物に関する分野の第一人者(イギリス人)で、共著者はWHO(世界保健機関)の口腔保健部門の部長をされていたデンマークの先生です。まず良い出典を選んでいると言えるでしょう。しかし、なぜ、この出典で、でんぷんが齲蝕齲蝕のリスクとは関係ないと言えるのか、精読してみると、Table 6がその日本の教科書にそのまま直訳されていることがわかりました。

この Table 6では、「確信のあるエビデンス」の項目の中で「齲蝕との関連性がないもの」に「でんぷん摂取」と書かれているのです。しかし、括弧付きで説明があり、この「でんぷん摂取」というのは「米、ジャガイモ、パンなどの調理されていたり生のでんぷん食品」を意味し、「ケーキ、ビスケット、単糖類や二糖類を含むスナックは除く」としています。また、この論文の本文中には三度の食事に摂る場合のでんぷんは齲蝕の原因にはならないと書かれていて、間食に摂るでんぷんと分けて説明されています。つまり、Table 6はかなり情報を削いだものであることがわかります。この表だけを直訳するのは乱暴でしょう。

この論文のファースト・オーサーの Moynihan がラスト・オーサーになっている2019年の論文では、でんぷんを易消化性澱粉(RDS:加工でんぷん食品)と緩消化性澱粉(SDS:全粒粉、豆類、野菜類)に区別して齲蝕原性を論じ、RDS は齲蝕のリスクを有意に上昇すると示唆しています。RDS は唾液中α‐アミラーゼでグルコースまで急速に分解されるからです。RDS と SDS を混合して「でんぷん」と一言で表すと混乱が始まるわけですね。
Halvorsrud K, Lewney J, Craig D, Moynihan PJ. Effects of Starch on Oral Health: Systematic Review to Inform WHO Guideline. J Dent Res. 2019 Jan;98(1):46-53.


また、Hancock ら(2020)は、行動因子にも注目しています。加工でんぷん食品を頻回に摂取するかどうか、いつ摂取するかどうかといった行動因子が齲蝕のリスクと大いに関係するということは異論のないところです。これも、「でんぷん」と十把一絡げに片付けられない要因の一つでしょう。
Hancock S, Zinn C, Schofield G. The consumption of processed sugar- and starch-containing foods, and dental caries: a systematic review. Eur J Oral Sci. 2020 Dec;128(6):467-475.


ある日本の調査では、間食の回数が平均で1日2回以下と安全域であるにも関わらず、個人差を見ると最大で1日8回間食を摂っている人がいました。それらがたとえ全部甘くないおやつであっても、RDS ならば間違いなく危険です。
Murakami K, Shinozaki N, Livingstone MBE, Fujiwara A, Asakura K, Masayasu S, Sasaki S. Characterisation of breakfast, lunch, dinner and snacks in the Japanese context: an exploratory cross-sectional analysis. Public Health Nutr. 2022 Mar;25(3):689-701. 


最近、消費量が増えている加工でんぷんスナック製品(ポテトチップス、ポップコーン、チーズパフ、エビ風味スナック、米菓など)は、その意味で齲蝕原性が高いと言えるでしょう。まず、近代的工業手法によってでんぷんを加工していることによって構造がすでに細断されており、α‐アミラーゼが素早くグルコースまで分解し易くなっていること、また唾液と混ざることによって粘着性が増しクリアランス時間が延びること、そして味付けに癖になるような工夫が凝らされていて消費者が継続的に食べる傾向にあることが特徴です。安価であることもそれに拍車をかけます。

少しググってみると、ポテトチップスなどのスナック菓子、砂糖不使用のビスケットやクッキーをむし歯にならないものとして勧めている歯科医院のウェブサイトがありますが、これは前出の教科書のような不十分な情報を真に受けてしまった歯科医師なのかもしれません。


詳細については、日本歯科衛生学会雑誌の次の論文を是非ご覧ください。
Nishi M, Adachi N, Nakagawa T, Shinada K, Birkhed D. Processed starch snack products (PSSPs) and dental caries: a narrative review. The Journal of Japan Society for Dental Hygiene.18 (2): 28-42. 2023.


また、この論文の内容は一般の方向けに「歯科衛生だより79号」に掲載する予定です。患者教育に使っていただけたら幸いです。

著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

tags

関連記事