現在、露髄リスクのある深在性齲蝕にはどのような介入が最も良いと考えられているのでしょうか。これに関して、欧州歯内療法学会から「S3レベル」の臨床診療ガイドラインが、2023年に発行されています。「S3レベル」とは、臨床診療ガイドラインの作成プロセスや内容の質を示す分類の一つで、S1、S2、S3のレベルがありますが、S3は最も厳密な方法論に基づいて作成されており、臨床実践において非常に重要であり、信頼性の高い情報を提供してくれます。次の3つの特徴があります。 (1)システマティックレビューの実施:関連するすべての研究を包括的かつ体系的に検索、評価、統合する。 (2)エビデンスの評価:エビデンスの質や強さを評価し、それに基づいて推奨事項を導き出す。 (3)コンセンサスプロセス:専門家や専門家以外を含めたステークホルダーの意見を取り入れるために、構造化されたコンセンサスプロセスが行われる。 Kebschull M. Adolopment: How three national perio societies have implemented the EFP clinical practice guideline for their countries. Perio Insight 2021(Summer):1-3. 歯科分野の「S3レベル」の臨床診療ガイドラインは、2024年7月現在のところ、欧州歯周病連盟、英国歯周病学会もそれぞれ発行しています。 それでは、欧州歯内療法学会の「S3レベル」臨床診療ガイドラインから、露髄リスクのある深在性齲蝕をどう扱うかについて、ピックアップしてみましょう。 Duncan HF, Kirkevang LL, Peters OA, El‐Karim I, Krastl G, Del Fabbro M, Chong BS, Galler KM, Segura‐Egea JJ, Kebschull M, ESE Workshop Participants and Methodological Consultant. Treatment of pulpal and apical disease: the European Society of Endodontology (ESE) S3‐level clinical practice guideline. International endodontic journal. 2023 Oct;56:238-95. この臨床診療ガイドラインでは、無症状または自発痛が無い場合と、自発痛がある場合とに分けて、介入には感染象牙質の選択的除去法(歯髄に近い感染象牙質を残して最終修復)、ステップワイズ法(暫間的間接覆髄法)、直接覆髄法、部分断髄法(歯冠部歯髄のわずかな一部除去)、全部断髄法(歯冠部歯髄の全部除去)、抜髄法が調べられています。 まず、無症状または自発痛が無い場合は、露髄前なら感染象牙質の選択的除去法かステップワイズ法、露髄後なら直接覆髄法か部分断髄法か全部断髄法のいずれかを考慮することを勧め、それぞれの優劣はつけられていません。直接覆髄法や断髄法を行う場合は、(1)ラバーダム防湿、(2)抗菌剤での洗浄、(3)拡大鏡の使用、(4)ハイドローリックカルシウムシリケートセメントの使用が推奨されています。 従来、齲蝕歯で露髄すると、歯科医師は歯髄はすべて汚染されていると仮定して抜髄法が行われてきたものの、上に挙げた厳密な4つの条件下で行うと全部断髄法と抜髄法の予後に有意差がないとの報告があり、より侵襲の少ない全部断髄法を選択肢から外さなくてもよいようです。 次に、自発痛がある場合は、全部断髄法か根管治療のいずれかを提案し、これも優劣はつけていません。この推奨をサポートするのは2022年のシステマティックレビューとメタ分析(Tomsonら)で、2つのランダム化比較試験から結論が導かれています。術後痛についてのメタ分析では、全部断髄法と根管治療の間に有意差が認められず、バイアスのリスクも低いと判断されています。 以上、深在性齲蝕の扱いについて、薬剤や器材の進歩のおかげで断髄法の成績がよくなっていることが、従来のドグマを変えつつあるような印象がありました。 ところで、2022年に発行されたスウェーデンのナショナルガイドラインは、同様な臨床疑問に対してどう推奨しているでしょうか。こちらは状態と介入の組み合わせごとに、プライオリティという指標で表しています。プライオリティ1が最も高い優先度で、プライオリティ10は最も低い優先度です。歯内療法における可能な限り最高のプライオリティは2になります。 Nationella riktlinjer för tandvård - Socialstyrelsen . 2022 露髄のリスクを伴う深在性象牙質齲蝕で症状のない歯に対して、感染象牙質の選択的除去法とステップワイズ法はどちらもプライオリティ4でした。ステップワイズ法の方が長い研究の歴史があるので信頼性が高いのですが、費用は1回で済む感染象牙質の選択的除去法の方が当然安く、また歴史が浅いながらステップワイズ法と同等かより良い成績を出しているそうです。そのバランスでどちらも同じプライオリティ4になっているようです。 齲蝕のある露髄歯に対しては、直接覆髄法と部分的断髄法はどちらもプライオリティ6で、抜髄法はプライオリティ3でした。よって、スウェーデンのナショナルガイドラインでは、露髄してしまったら抜髄法を優先していることがわかります。 深在性齲蝕で歯髄を助けるか、失活させるか、この判断は、その歯の運命にとって大変重要です。そして、新しい技術による創意工夫でその閾値が変わることも、柔軟に受け入れ、最新情報を追いかけたいです。しかし、齲蝕は予防できることがわかっていますので、そもそもこのような議論が必要のない世の中にしたいものです。
著者西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー
略歴
- 1996年 大阪大学歯学部卒業
- 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
- 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
- 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
- 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
- 2018年 同大学院修了 PhD 取得
- NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP):
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