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コラム

病院歯科から地域へ―開業医からみた病診連携・高齢者歯科医療の実践― 第6回(最終回):歯科クリニックから発信する街づくり

病院歯科から地域へ―開業医からみた病診連携・高齢者歯科医療の実践― 第6回(最終回):歯科クリニックから発信する街づくり
病院歯科から地域へ―開業医からみた病診連携・高齢者歯科医療の実践― 第6回(最終回):歯科クリニックから発信する街づくり

歯科医療の地域連携が生むウェルビーイング

現代社会において、歯科医療は単なる「治療」を超え、地域社会と個々のウェルビーイングにまでその影響を拡大しています。私は急性期地域基幹病院から地域医療のクリニックへ異動し、「地域医療と歯科医療の真の連携」を実現すべく日々対話を重ねています。 今回(最終回)は、「歯科クリニックから発信する街づくり」の可能性をアラン・ケレハーらの提起した「コンパッション都市」思想に基づき述べたいと思います。 歯科クリニックが地域ウェルビーイングのハブとなり得る理由は、歯科医師が“口腔”という全身健康のゲートキーパーを担うからです。特に訪問歯科診療は、通院が困難な高齢者や障がい者への医療的関与だけでなく、本人や家族の生活の質(QOL)、ひいては地域社会全体の「つながり」「安心」に直結します。歯科は「摂食」「嚥下」「コミュニケーション」の起点であり、社会的・精神的ウェルビーイングの根幹です。人生100年時代、予防歯科や訪問診療、リハビリテーションをつうじて、人生を最期まで尊厳あるものに保つための地域包括ケアにおける歯科の存在感は、ますます高まっています。

アラン・ケレハー教授とコンパッション都市

アラン・ケレハー教授は「コンパッション都市」構想で、行政主導の縦割り福祉を超え、医療専門職と市民がパートナーシップを結び、ともに健康でやさしい街を創出する重要性を説きました。 「コンパッション」という言葉はそれ自体の単語はないのですが、「おもいやり」と一般的には記されていますが、実臨床上では「ともに」、「お互いに支えあって」などの「双方向」を含んだ公衆衛生の側面をもつ言葉で、英語ではcompassionateで記され、「情け深い」と訳されます。2024年11月にアラン先生が来日され、講演が渋谷で行われました(図1)。私は迷いなく講演を聞きに行きましたが、そこで聞いたフレーズ「コミュニティは患者ではなく、パートナーである」という言葉どおり、市民一人ひとりがみずから健康を学び、地域社会の公衆衛生活動に参画することが持続可能な街づくりには不可欠です。歯科医療はその核となる作用点を多くもち、住民の健康意識の醸成にリードできます。 図1 2024年11月に開催されたアラン教授の来日講演(東京都立病院機構主催)。

歯科クリニックに何ができるか

では、実臨床で歯科クリニックが地域社会へどう貢献できるでしょうか。キーワードは「ナッジ」の活用です。ナッジとは、人々の無意識な意思決定プロセスを支援する“そっと背中を押す”仕掛けです。 たとえば、電柱にある広告です。当クリニックの広告ですが、それ以上に口腔に関するちょっとした内容が盛り込まれています。これを見た方が少しでも口腔が少しでも気になることが狙いで、定期健診のリマインダーや予防歯科情報の掲示、市民講座への誘導は、結果的に医療受診率やセルフケアの向上に結び付くエビデンスがあります。 図2 当クリニックの電柱広告。 さらに、訪問歯科診療のネットワーク拡大は、外出困難な高齢者・障がい者にとってQOL維持のライフラインになります。在宅療養での摂食嚥下リハや義歯修理のノウハウを地域医療スタッフと共有し、病院や施設を巻き込んで患者中心のチーム医療で「医科も歯科も一体化した支援体制」を住民に提供していくことが求められます。当院での近隣の病院とも連携構築を始まりました(図3)。 図3 地域のリハビリ病院との連携。

公衆衛生の6つのポイントと歯科

アラン先生編著の『Oxford Textbook of Public Health Palliative Care』では、公衆衛生アプローチとして以下の6つのポイント(予防、政策立案、リーダーシップ、地域連携、コミュニティ形成と市民とのパートナーシップ、健康リテラシーと意識向上)を強調しています。それをもとに下記の項目は歯科では実行可能かと思います。 - 予防・健康増進 - 早期発見・早期介入 - 社会的支援 - 患者・家族のエンパワーメント - 地域コミュニティとのパートナーシップ構築 - 包括的ケアと持続可能性 特に、地域住民への啓発活動や健康意識の向上、公衆衛生イベントの主催、市町村や地域団体との政策協働をつうじて、「公衆衛生」のフィールドを診療所の外へと拡大していくことが未来志向を目指した歯科医療には不可欠なのです。

地域と市民が「パートナー」となるために

私たち歯科医師が真に地域に根ざすためには、診療室内の患者さんを越えて「街全体のウェルビーイング」像を再定義しなければなりません。治療はいかに個人に適合化されていても、地域の文化・風習・社会課題を理解せずして、持続的な健康づくりにはつながりません。「コミュニティは患者ではなく、パートナーである」。この理念を掲げ、クリニック主導で地域健康プロジェクトを展開することが、歯科医療の新たな社会的意義となるはずです。

おわりに

本欄では6回にわたって開業医からの高齢者歯科医療の実践についてご紹介させていただきました。これからの歯科クリニックは、地域医療の一担い手として、公衆衛生の視点で政策参画とパートナーシップ形成を推進することが大切です。 今回ご紹介したアラン・ケレハーの思想を礎に、ナッジや多職種連携を活用し、市民みずからが健康を選択できるウェルビーイング社会の実現を地域から発信することが街づくりの一歩になります。歯科クリニックは、街の健康文化をリードし「社会に必要とされ続ける存在」へ私たちみずからが変革の旗手となりえるのではないかと思います。既存の歯科概念から変革を目指して本稿を終えたいと思います。貴重な機会をありがとうございました(了)。 参考文献 1.Julian Abel, Allan Kellehear, Oxford Textbook of Public Health Palliative Care; Oxford University Press, May 2022.

著者寺中 智

あやせほりきり中央歯科口腔機能クリニック院長(東京都葛飾区)

所属・資格
  • 日本補綴歯科学会専門医
  • 日本老年歯科医学会専門医・指導医・代議員・理事
  • 日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士・評議員)
  • 日本有病者歯科医療学会
  • 日本プライマリ・ケア連合学会(高齢者医療・在宅医療委員会、生涯学習委員会)
  • 日本病院総合診療医学会
  • 東京科学大学大学院 高齢者歯科学分野 非常勤講師
  • 東京科学大学歯学部附属病院臨床研修歯科医指導医
  • 日本ACLS協会BLSインストラクター

  • 略歴
    • 2003年3月  神奈川歯科大学卒業
    • 2003年4月  東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科高齢者歯科学分野
    • 2007年3月  東京医科歯科大学大学院修了 歯学博士
    • 2007年4月  東京医科歯科大学歯学部附属病院 スペシャルケア外来 医員
    • 2010年4月  東京医科歯科大学大学院特任助教 摂食リハビリテーション外来(両兼任)
    • 2013年12月 足利赤十字病院リハビリテーション科
    • 2020年2月  足利赤十字病院リハビリテーション科 口腔治療室長
    • 2024年7月  足利赤十字病院リハビリテーション科 副部長
    • 2025年4月  現在に至る
    • 著書に『別冊 ザ・クインテッセンス 病院歯科の現在地』(クインテッセンス出版・共著)がある。
寺中 智

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