世界中の野球ファンのヒーローである大谷翔平選手の出場試合が、テレビ中継されるようになり、診療室でもメジャーリーグベースボール(MLB)を話題にする機会が増えるようになった。とはいうものの残念ながら、ふれる内容は日本人選手や超有名選手周辺の話題に留まることが多い。 MLBファン歴が長く、シーズン中はほぼ毎日、MLBの全試合をネット配信でチェックしている私にとっては、注目試合や選手の能力分析情報までもが逐一入手できる、インターネットサイトならびにSNSの存在は欠かせないものとなっている。 MLBでは対戦カードごとに長い距離の移動があり、試合数も多いことから、シーズン中は試合がない日が極端に少ない。そんな日は、贔屓チームの試合観戦に割り当てる時間がネット配信の映画鑑賞に変わることも多い。まずは映画館で観たかった新作映画を探し、めぼしいものが見つからない場合は、ネット配信の旧作映画をチェックすることになる。 7月上旬、私の推しのチームであるニューヨークヤンキースは、長い連敗から脱したものの、4月から堅持していた首位からは陥落してしまった。落胆の色の隠せない試合のない移動日、PCモニター画面に並ぶ映画タイトルをチェックしながら、ヤンキースのことを思い出し、だれかチームを救うヒーローになる若手選手が登場しないものかとも考えていた。 普段はあまり口にすることがないヒーローという言葉が頭に浮かんだためか、通例なら後回しになるはずのスーパーヒーローが登場するマーベル映画のリストを眺め始めた。迷った末に選んだのは『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー(2011年)』、初代キャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャース誕生の物語である。 実は、キャプテン・アメリカやバットマンなどのアメリカのスーパーヒーローが悪を倒す姿を見ながら、いつも違和感を覚えることがあった。それは、ヒーローは変装して目を隠しているが、口を剥き出しにしていることだ。 昭和のチャンバラ映画の時代からヒーローは頭巾などを被り、口は隠して目を出していて、私たち日本人にとっては、ヒーローの目の動きや表情に注目することが自然だろう。またテレビドラマの中で難病患者の手術をしているドクターの目元に現れる真剣で刺すような眼差しに、ヒーロー感を強く感じないだろうか。 この日米のヒーローの変装の違いについて、あるユーチューバーが解説していた。それによると、日本語は「意味」を形に置き換えて表した文字の集まりである表意文字である。その一方で英語は、音をそのまま文字にしている言語で、唇を読んで単語を聞き分けている。 アイコンタクトは目を見ながら話すといわれるが、半分ほどは唇を読んで話している。すべて音でできた言葉なので、そうしないと何を言っているのかわからない。口を隠すということは人間性の否定になるので、ヒーローというのは目を隠して口をむき出しにし、言葉や口とかそういうものを大事にする。 「目は口ほどに物を言う民族」と「はじめに言葉ありきの民族」が、それぞれ正体を隠すスーパーヒーローを作ると、片方は口を剥き出しにする、もう一方はなぜか口を隠す、ということになる。新型コロナ感染拡大下のマスク着用が、欧米より日本で受け入れられた理由の1つにヒーローたちの変装が貢献しているとは、考えられないだろうか。 先日、スタッフとの会話で「歯がなくても大丈夫、マスクで隠れるから」と、言いながら生活している人のことが話題となった。こうなると、もはやヒーローの姿云々のレベルではない。歯科の専門家としてのいちばんの興味は毎日の食生活である。 国民の口腔の健康増進に真摯に取り組む、マスクをした若いヒーローが、日本の歯科界に増えることを願うばかりだ。

著者浪越建男
浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医
略歴
- 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
- 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
- 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
- 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
- 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
- 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
- 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
- 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
- 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
- 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
- 浪越歯科医院ホームページ
https://www.namikoshi.jp/
