歯科修復には「永久修復」と「暫間修復」の区別がありますが、人工物には必ず寿命があり、「永久修復」が文字通り永久に維持されるものではないことは周知の通りです。その寿命を患者さんに伝えることは、長期的な信頼関係を築くうえで非常に重要であり、治療計画の立案やインフォームド・コンセントにおいて欠かせない要素です。また、詰め物や被せ物だけでは永続的に問題が解決するわけではないことを日常的に伝えることで、齲蝕予防の重要性を患者さんに理解してもらいやすくなります。 では、どのようにして修復物の寿命を知ることができるのでしょうか。口腔内は非常に複雑な環境であり、実験室モデルだけでは正確に寿命を把握することは困難です。最も確かな情報源となるのは臨床データです。 電子カルテの普及により、臨床データを入手することは以前より容易になりました。ただし、紙カルテと比較して容易という意味であり、個人が電子カルテ上のデータを収集・検索・分析する作業には依然として高いハードルがあります。その課題を世界に先駆けて解決したソフトウェアが「オーラルフロンティア」で、2004年に販売が開始されたことをこちらのコラム記事でご紹介しました。 電子カルテのデータを臨床の検証に利用する ここで、「オーラルフロンティア」の4年後に登場したスウェーデンの国単位での大規模臨床データ収集・分析システム「SKaPa(Svenskt Kvalitetsregister för Karies och Parodontit)」についても説明しました。このような規模でプロジェクトを実施している国は他に例がなく、世界中の歯科臨床家にとって、エビデンスに基づく非常に有用な情報源となります。本コラムでは、SKaPa 2024年版の報告に基づき、修復物の「生存期間中央値(medianöverlevnad)」または「半減期(halveringstiden)」という観点から、「永久修復」の寿命について考察します。 SKaPaが用いる「生存期間中央値」は、日本人に馴染みのある「半減期」と同義です。2011年の福島第一原子力発電所事故の際、ヨウ素131、セシウム134、セシウム137の半減期がそれぞれ約8日、約2年、約30年として報道されました。「半減期」とは放射性物質の放射能が半分になるまでの時間を指し、ヨウ素131の半減期が約8日であるということは、8日後には放射能が50%に減少することを意味します。この概念を歯科修復物に応用すると、「修復物の50%が除去・再治療・破折などにより失敗に至るまでの期間」となります。生存中央値は失敗修復物の平均寿命とは異なり、臨床における中間値を反映するため、極端な症例に影響されにくいという利点があります。 SKaPa 2024年版では、2010年に施された充填物(小臼歯または大臼歯における1面、2面、3面の充填:注 スウェーデンではII級窩洞でもインレー修復は行われないのでこれらの修復を「充填」と翻訳しています。)を約13年間追跡し、失敗率が50%に達した時点を「半減期」または「生存中央値」として分析しています。対象は、2010年に第三大臼歯を含む小臼歯または大臼歯に少なくとも1回の充填を受け、2023年12月31日時点で追跡可能であった460,289人です。追跡不可能であった42,834人は除外されています。年齢群は2010年時点で12~19歳と20歳以上に分類しています。結果は以下の通りでした。 12〜19歳 充填物数:59,542 生存中央値:12.44年 20歳以上 充填物数:558,223 生存中央値:7.72年 この結果から明らかなのは、20歳未満で充填を行った場合と20歳以上で充填を行った場合では、若年層の方が充填物の寿命が長いということです。その理由として、若年層は充填歯面数が少なく、失活歯への充填も少ないこと、全身疾患が少なく唾液分泌の減少が起こりにくいことが考えられます。 本調査の信頼性が高いのは、対象充填物数の多さだけでなく、追跡不能例を除外している点にあります。これを残存していると見なすと寿命は過大評価される可能性があります。しかも、追跡不能例の割合が全体に比して極めて少ないことは、スウェーデンにおけるメインテナンス率の高さを示しています。 日本にも修復物の寿命に関する研究は存在しますが、失敗修復物のみを後ろ向きに追跡して施術時期から失敗時期までの期間で寿命を評価したものは、残存している修復物を含めた前向き研究で得られる中央値よりも短く見積もられる傾向があります。日本でもSKaPaのように、全国規模の電子カルテを活用した前向き調査により、修復物の半減期を明らかにすることが望まれます。特に、日本の患者さんは「半減期」という概念を理解しやすいでしょうから、この指標の活用は有用です。修復物の寿命は「永久」ではなく、数年後には再治療が必要になる可能性があることを信頼性の高い具体的な数値で説明できれば、再治療サイクルに入らない、あるいはそれを止めるための行動を取るよう促す説得力が格段に増すでしょう。 <写真はスウェーデン・マルメ市内の墓地>
著者西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー
略歴
- 1996年 大阪大学歯学部卒業
- 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
- 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
- 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
- 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
- 2018年 同大学院修了 PhD 取得
- NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP):
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