TOP>コラム>歯周炎リスクにおける遺伝の役割

コラム

歯周炎リスクにおける遺伝の役割

歯周炎リスクにおける遺伝の役割
歯周炎リスクにおける遺伝の役割
スウェーデンの歯科衛生士学校で使用されているある教科書には、「Parodontit är en ärftlig sjukdom(歯周炎は遺伝性疾患である)」というセクションが掲げられています。このセクションの主旨は、歯周炎は多因子性疾患であり、さまざまな要因が関与しているものの、その中でも遺伝的要因は非常に重要である、というものです。別の言い方をすれば、「遺伝的要因は重要だが、歯周炎=遺伝病ではない」という意味になります。つまり、遺伝だけで発症が決まるのではなく、口腔衛生状態、喫煙、全身疾患、細菌叢などの環境的要因と相互作用して発症する疾患である点に留意する必要があります。私はこの教科書の日本語訳を出版しましたが、原著は2016年と少し古いものです。その後の研究も踏まえ、最新の知見を整理して解説します。

近年の研究では、歯周炎に対する感受性の約3分の1から半分は遺伝によって説明されることが示されています。双生児研究や家族研究においても、環境因子を調整した上で、歯周炎の遺伝率はおおむね30~50%と推定されており、特に重度あるいは若年発症型の歯周炎においては、より高い遺伝的影響が認められています。

遺伝的リスクの解析には、ゲノムワイド関連解析(GWAS)が有用であることが報告されています。SIGLEC5やDEFA1A3など、免疫応答や組織保全に関連する複数の遺伝子座が歯周炎リスクと関連しており、歯周炎は多遺伝子性疾患であると考えられます。これらの知見は、遺伝的感受性が単一遺伝子の異常によるものではなく、複数の遺伝子変異の相互作用によって形成されることを示しています。

特に早期発症型の重度歯周炎では、家族内発症の傾向が強く、特定の遺伝子多型が病態形成に大きく寄与することが報告されています。そのため、こうした症例では家族歴の把握や遺伝的リスクの評価が、臨床的意思決定に役立つ場合があります。しかし、前述のように歯周炎の発症や進行は遺伝的要因だけで決まるものではなく、喫煙、口腔衛生状態、糖尿病などの全身性疾患などの環境的要因も大きく影響します。さらに、遺伝因子と環境因子の相互作用により、個々の感受性や病態の進行速度が変化することも知られています。

臨床現場では、患者さんの家族歴や生活習慣を丁寧に評価することが重要です。具体的には以下の点が挙げられます。

・遺伝的リスクが高い患者さんでは、早期からの定期検診や口腔衛生指導を強化する。
・喫煙や糖尿病など、遺伝的リスクと相互作用する環境因子の管理を徹底する。
・家族内に重度歯周病の既往がある場合、炎症や歯槽骨吸収の進行が通常より早い可能性があることを説明する。

遺伝的感受性の理解は、患者さんへの説明や治療方針の共有にも役立ちます。たとえ遺伝的リスクが高い場合でも、適切な口腔ケアと生活習慣改善によって進行を抑制できることを患者さんに伝えることが重要です。

さらに、今後の研究では、個々の遺伝的リスクに基づく「個別化歯周炎予防・治療」の実現が期待されています。現在のところ、特定の遺伝子型に対して直接的な治療介入は確立されていませんが、リスク層別化により、従来よりも精緻なモニタリングや生活指導が可能になるでしょう。臨床家としては、たとえ患者さんの遺伝的リスクが高くても、悲観的になり過ぎないように励まし、遺伝的要因と環境要因の両方を考慮して患者さんと二人三脚で予防・管理に取り組むことが、歯の喪失を防ぐ最善の方法といえるでしょう。

参考文献
ビョルン・クリンゲ/アンダース・グスタフソン 訳:西 真紀子「トータルペリオドントロジー」(オーラルケア 2017年)

Chapple IL, Bouchard P, Cagetti MG, Campus G, Carra MC, Cocco F, Nibali L, Hujoel P, Laine ML, Lingstrom P, Manton DJ, Montero E, Pitts N, Rangé H, Schlueter N, Teughels W, Twetman S, Van Loveren C, Van der Weijden F, Vieira AR, Schulte AG. Interaction of lifestyle, behaviour or systemic diseases with dental caries and periodontal diseases: consensus report of group 2 of the joint EFP/ORCA workshop on the boundaries between caries and periodontal diseases. J Clin Periodontol. 2017 Mar;44 Suppl 18:S39-S51. 

Nibali L, Bayliss-Chapman J, Almofareh SA, Zhou Y, Divaris K, Vieira AR. What Is the Heritability of Periodontitis? A Systematic Review. J Dent Res. 2019 Jun;98(6):632-641. 

Richter GM, Schaefer AS. Genetic Susceptibility to Periodontitis. J Periodontal Res. 2025 Jul 11. 


著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

tags

関連記事