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「口腔内科学ことはじめ」第5回:東洋医学

「口腔内科学ことはじめ」第5回:東洋医学
「口腔内科学ことはじめ」第5回:東洋医学
第5回のテーマは、東洋医学について述べてみたい。本連載の船旅も新たなフェーズ(地球の裏側)へと歩みを進めていきましょう。

高校生の頃、受験勉強が進むにつれて原因不明の腹痛や腹部不快感、便秘や下痢に悩んでいた。気のせい、青春時代にはよくあること、ストレスからくる不調など――。落としどころを探しながら迷う日々を過ごしていた。思い切って地元の漢方薬局を訪ね、「肝を温める生薬を配合して……」。これは?何の話だろうと思いながら飲み始めたのが漢方薬との出会いだ。

おそらく、当時の私を東洋医学的に考えると「肝気鬱結(かんきうっけつ)」、肝の気の巡りが滞り、脾におよぶことで肝気犯脾となり食欲不振や下痢、腹痛につながったと考察される。

一過性の腹痛や腹部の違和感を自覚することは日常生活でもしばしばある。しかし、1時間おきに便意があり、結果的に不眠や食思不振につながる状況はもはや気のせいというレベルを超えている。誰かが適切な病名を与えてくれて、その先の治療に結びつけばどれほど幸せだろうか。西洋医学の引き出しをひたすら開けてみた結果、答えが見いだせない時に東洋医学の引き出しを探ってみると、意外と簡単に答えに行き着く時がある。

東洋医学とは、疾患や病態を俯瞰して見る学問とも考えることができ、初めて対峙する問題に立ち向かう術を教えてくれるとともに、その未知の問題に名前をつけてくれる。たとえば一見正常に見える舌だが、黄色い苔があるときは黄苔(おうたい)といい、体に熱がこもっている状態を表し、逆に白い苔があるときは白苔(はくたい)といい、体が冷えている状態を示している。

患者さんの状態を心身一如として捉える指標を「証(しょう)」といい、この証に従って治療をオーダーメイド化していくことを随証治療(ずいしょうちりょう)という。風邪のひきはじめには葛根湯というイメージを抱く方も多いと思う。風邪の初期は体の表面が「風寒の邪」に覆われ、熱が内にこもった状態と考える。葛根湯は体を温めて血行を良くし、汗とともに邪気を追い出すことで風邪を治すことから風邪のひきはじめに使われる。

一方で、上半身の神経痛にも効果がある葛根湯は、歯科領域では顎関節症に対して処方が可能である。構成生薬である葛根(かっこん)、麻黄(まおう)、桂皮(けいひ)は発汗作用があり、鎮痙作用や解熱作用も有する。「感冒の初期に」「顎関節症に」と、ついつい病名から処方内容を考えがちだが、東洋医学で診察する時にはぜひ患者さんに触れることを大切にしてほしい。咬筋や咀嚼筋群を触ると、とても体表が冷えている患者さんや、軽い力で押しただけで激痛を訴える場合など、「冷え」をダイレクトに実感できる場面にも遭遇できるはずだ。

西洋医学と東洋医学、まさに二刀流を実臨床で実践していくことができるならば、より深く疾患や病態を理解することができるだけでなく、患者背景も含めた深みから全人的な治療展開が可能となる。そして、この二刀流を歯科医師が実践できるのは日本の強みでもある。

現在、日本国内では保険治療で処方可能な漢方薬が13種類あり、「薬価基準による歯科関係薬剤点数表」に記載されている。抜歯後疼痛や歯痛には立効散、口内炎に対して半夏瀉心湯・黄連湯・茵蔯蒿湯・平胃散、口渇には五苓散・白虎加人参湯、化膿性病変には排膿散及湯、上半身の神経痛に葛根湯、筋肉と関節痛に芍薬甘草湯、病後の体力補強と低下に補中益気湯・十全大補湯、神経痛に桂枝加朮附湯。たとえば抜歯後、鎮痛薬に難がある患者さんに対しては立効散、抗菌薬にアレルギーがある場合は排膿散及湯という使い方も一考である。

自身が旅立った場所を主と考えると、新たなフェーズは地球の裏側かもしれないが、行き着いた場所を主と考えると自身が元居た場所が裏側となる。当たり前のような話だが実臨床の中では忘れがちな考えであり、さまざまな視点で西洋東洋にとらわれず、悩み苦しみ、ようやくたどり着いた患者さんに対して、その悩みや苦しみに光と手を差しのべることができたらすばらしいと思う。そして、そのアイテムは既にあなたの手の中にある。



著者池浦 一裕

東京都立病院機構都立駒込病院 歯科口腔外科

略歴
  • 2010年  日本大学松戸歯学部卒業
  •       慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室入局
  • 2012年  慶應義塾大学医学研究科博士課程入学
  • 2016年  慶應義塾大学医学研究科博士課程修了
  •       歯科・口腔外科学教室助教
  • 2019年  がん・感染症センター都立駒込病院歯科口腔外科出向
  •       慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室非常勤講師

  • 資格
    • 博士(医学)
    • 日本口腔外科学会認定医
    • 日本口腔科学会認定医
    • 日本有病者歯科医療学会認定医、専門医
    • 日本口腔内科学会認定医、 専門医
池浦 一裕

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