“乾燥”との闘いは、われわれ人類の祖先が水中から陸へと歩み始めた約4億年前、その瞬間から始まっているのかもしれない。地球温暖化にともない毎年訪れる酷暑、休み時間にウォータークーラーに行列していた私の小学生時代を思い出せば、つねにペットボトルや水筒を持ち歩く現代は、まさに乾燥真っ只中であり異常事態である。 水は人体を構成する最多の分子(H2O)であり、生存に欠かすことができないもっとも身近な液体といえる。さらに、唾液は単なる水分ではないと言いながらも約99.5%は水分とされていて、残りの0.5%に生体のホメオスタシス維持に重要な物質が含まれている。 消化作用、抗菌作用、粘膜保護作用、緩衝作用、修復作用などを有する唾液が量的あるいは質的に減少する口腔乾燥症は、う蝕・歯周病といった歯科疾患のみならず、摂食・嚥下機能の低下、誤嚥性肺炎、上部消化管障害などさまざまな全身疾患の要因となることは容易に想像がつく。 口腔乾燥症の新分類(2022年)では、「口腔乾燥症とは自覚的な口腔乾燥感または他覚的な口腔乾燥所見(唾液の量的減少と唾液の質的変化を含む)を認める症候をさす」と定義された。 口腔乾燥をきたす原因は多岐にわたり、シェーグレン症候群や放射線治療など、唾液腺機能そのものが障害されることで引き起こされる場合もあれば、口を開けて寝ているだけでも口腔乾燥を自覚することがある(蒸発口腔乾燥症)。深酒してしまった時(アルコールの利尿作用)、風邪薬を内服した時(抗コリン作用)なども口腔乾燥を自覚しやすい機会だが、仮にこの乾燥感が毎日続くと考えたら、その状態がいかにQOL(生活の質)低下につながるかは想像するに堪えない。 ゆえに「口が乾く」という患者さんの主訴と向き合う時には、なぜその状態になっているかという原因検索と病態把握が重要となる。診断基準が明確なシェーグレン症候群(SS)をベースに考えれば、SSにともなう口腔乾燥症かそれ以外かに大別していくことが可能だ。 唾液の量的減少はガムテスト、Saxonテストによる刺激時唾液分泌量測定、吐唾法による安静時唾液分泌量測定で客観的な評価が可能である。また唾液分泌にともなう口腔内の湿潤度は口腔水分計(ムーカス®)を用いて計測することも有用だ。一方で、唾液の質的変化は明確な測定方法は提示されておらず研究レベルでは唾液粘性、ムチンやアミラーゼ活性、緩衝作用測定、種々のサイトカイン分析などが行われており、今後の発展が期待される。 “ドライ”は本当に悪なのか?――私は夏のビールはドライ派だし、ドライな人柄の友人も好きだ。エジプトの砂漠地域は乾燥していて、タヒチのような常夏の南の島は潤っているといえるのか。ゲリラ雷雨の後の水浸し、水があれば良いというものでもない。 つまり、どの程度の湿潤環境がその個人にとって、ここちよいと感じる潤い度合いとなるかがわからないことが、口腔乾燥症の治療を難渋させる要因である。さらにはどれだけ潤しても保険点数がないことも切実な課題だ。 実臨床では、唾液分泌量は正常量だが乾燥感を訴える、逆に唾液分泌量は減少しているのに乾燥感の自覚がないなど、患者さんの主観と医療者側の客観が一致しない症例に出会うことも多い。乾燥状態の慣れや精神的な要因などが、複雑に絡んで生じている事例もあることはけっして忘れてはならない。どれだけ治療しても治らなかった患者さんが、毎朝朝日を浴びて、決まった時間に寝る生活指導をしただけで軽快した症例もある(サーカディアンリズムの調整)。 人工唾液、口腔保湿液・ジェル、唾液分泌促進薬、漢方薬、唾液腺マッサージ、温罨法など唾液腺を刺激したり、不足した唾液に類似した成分を補ったりすることで口腔乾燥症状を緩和することは可能だ。 口腔乾燥症における対症療法で重要なことは、まず医療者自身も保湿剤などを自身で試してみること、そして症状緩和につながる手法の引き出しをたくさんもつことだと私は思う。 いまだ解明されていない唾液腺を再生させる技術や唾液腺機能障害の病態生理、今後確実に訪れる“乾燥社会”を潤せる秘訣は私たち歯科から生み出せる、その未来に向けて皆で力を合わせて進みたい。
著者池浦 一裕
東京都立病院機構都立駒込病院 歯科口腔外科
略歴
- 2010年 日本大学松戸歯学部卒業
- 慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室入局
- 2012年 慶應義塾大学医学研究科博士課程入学
- 2016年 慶應義塾大学医学研究科博士課程修了
- 歯科・口腔外科学教室助教
- 2019年 がん・感染症センター都立駒込病院歯科口腔外科出向
- 慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室非常勤講師
- 博士(医学)
- 日本口腔外科学会認定医
- 日本口腔科学会認定医
- 日本有病者歯科医療学会認定医、専門医
- 日本口腔内科学会認定医、 専門医
資格













