「ベロがヒリヒリして痛い」。問診票でこの主訴を見た時、一般的なう蝕や歯周病で受診した患者さんとは異なる考えのプロセスが頭に浮かぶのではないだろうか。 中高年から高齢の女性で、どちらかというと少し気難しい性格、問診票には書ききれなかった経過を記したノートを持参、ドクターショッピング歴があり、多剤服用歴、おそらく診療室に入ってすぐに自身の症状を語り始め、そしてなかなか帰らない。診療時間もかかりそうだから少し待ってもらおうかなと思いきや、受付で「いつ呼ばれますか?」と聞いている。きっと舌痛症だから大学病院に紹介か、精神的な問題もあるだろうからうちの医院では無理そうかな……。 この考えのプロセスはけっして間違いではなく、むしろ今までの臨床経験から瞬時に推論された予感といえる。その原因は、舌痛症がさまざまな要因が複雑に絡み合った多因子疾患であり、確立された治療法がないという現状から、治療のゴールを定めることが難しいことにある。 舌痛症は、国際頭痛分類第3版1では「口の中のヒリヒリとした痛みまたはピリピリした不快な異常感覚が、1日に2時間以上で3か月以上にわたって連日繰り返すもので、臨床的に明らかな原因疾患を認めない病態」と定義されている。欧米ではBurning mouth syndrome(BMS)とよばれ、日本語では口腔灼熱症候群と訳す。症状が舌に現局すれば舌痛症であり、原因不明なものは一次性口腔灼熱症候群、原因が明らかなものは二次性とよばれることもある。すなわち除外診断が重要となる。 まずは舌がんに代表される口腔悪性腫瘍、次いで前がん病変・前がん状態とよばれてきた口腔潜在的悪性疾患との鑑別は必須である。悪性腫瘍が除外されたなら、ここからは少し時間的な猶予をもちながら進めていくことができる。口腔カンジダ症、口腔扁平苔癬、口内炎、外傷を次の鑑別疾患としながら口腔乾燥、薬剤副作用、アレルギー、さらには貧血や消化器疾患などの全身疾患の一症状として現れている可能性を探る。慢性疼痛に悩む患者さんでは、不安や抑うつなどの精神症状もかかわることがあるため、簡易的な心理テストを実施することも必要となるが、前述の器質的異常が除外され、患者さんとのラポールが構築され始めてからの実施が望ましい。 器質的異常をともなわないものを狭義の舌痛症といい、1989年に永井哲夫ら2による診断基準が示されている。この診断基準の中で、「疼痛あるいは異常感は食事中に軽減あるいは消失し増悪しない」「がん恐怖を抱くか否か」は、特徴的な鑑別のポイントとなる。治療には薬物療法と心理療法が行われる。狭義の舌痛症には一般的な鎮痛薬が無効で、神経障害性疼痛治療薬(プレガバリン、アミトリプチリンが第一選択薬)が用いられるが、内服継続していく経過のなかでは歯科のみではなく他科医師との連携は不可欠となる。心理療法としては「舌の傷・舌癖・心理面」から説明を行い「4つの約束」を取り交わしながら進める。 舌の傷:舌の誤咬、口内炎や擦り傷でも舌は痛むことがあるが、詳しく検査した結果、悪性の病気や器質的異常が除外されてきたことを伝える(がん恐怖をまずは払拭する)。 舌癖:低位舌、歯並びや歯列弓形態などから舌と歯が接触しやすい状況を説明する(口腔内の環境も舌痛の一因となっており、1つずつ対症療法を講じていく治療プランを提示することで患者さんの安心を得る)。 心理面:自身の健康を気遣い、口腔の健康にも関心が向いた結果、舌痛に気づいたことを説明する(患者さんの訴えを傾聴し、受入れる、その中で100%疼痛がなくなることを完治というのであればそれは難しく、おおよそ30%程度までの改善を目指すことが治療のゴールとなることを申し添える)。 4つの約束は慶應義塾大学歯科・口腔外科の臨床で行っている狭義の舌痛症患者との約束であり、以下の4つを守りながら治療を進めていく。 ①鏡で舌を観察しない ②医学書やインターネットなどで調べない ③舌を歯や修復物に押し当てない ④積極的に楽しいこと、興味があることを実践する(趣味をつくる) 簡単なように思えるかもしれないが、意外と約束を守っていくことが難しいことが多い。①~③は診察毎に確認しながら頻度や程度を改善していき、なるべく④にかかわる話題を多くしていくことが診療スタイルとしては良い。自身が興味あることに没頭しているときや、食事中は舌痛を自覚しない場合においては④は重要となる。 温泉旅行での気晴らし、犬の散歩での出来事など歯科診療室にいながらも、どこかの喫茶店で話をしているような雰囲気がつくれたならば、その時間の中で「舌のヒリヒリとした痛み」についての話は出なくなり、問診票や原因検索での各種臨床検査では見えてこなかった患者さんの普段を垣間見ることができる。 薬を使わずとも、寄り添って手を差しのべてみる。まさに「手当て」の極意を実感できれば、舌痛症治療に一筋の光が見える。 参考文献 1.日本頭痛学会,国際頭痛分類委員会.国際頭痛分類 第3版.東京:医学書院,2018. 2.永井哲夫,海老原務,新谷博明,須佐美英作,大橋淳,宮岡等,酒泉和夫,藤野雅美,矢島正隆,浅井昌弘.舌痛症の診断と治療に関する研究 第5報 舌痛症患者の心理的側面の分析.日口科誌.1989;38(2)438-47.
著者池浦 一裕
東京都立病院機構都立駒込病院 歯科口腔外科
略歴
- 2010年 日本大学松戸歯学部卒業
- 慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室入局
- 2012年 慶應義塾大学医学研究科博士課程入学
- 2016年 慶應義塾大学医学研究科博士課程修了
- 歯科・口腔外科学教室助教
- 2019年 がん・感染症センター都立駒込病院歯科口腔外科出向
- 慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室非常勤講師
- 博士(医学)
- 日本口腔外科学会認定医
- 日本口腔科学会認定医
- 日本有病者歯科医療学会認定医、専門医
- 日本口腔内科学会認定医、 専門医
資格













