9月下旬、夜風の中に秋の気配が感じるようになると、虫の声をバックに獅子舞の太鼓の音が聞こえ始める。秋祭りの稽古中に流れるこの音を、自分の暦の中では秋の訪れを知らせるものとずっと位置付けてきた。 この時期、暑さは和らいでいるとはいうものの、日中の診療室ではいまだ冷房が不可欠である。診療室の窓から田の畦に咲く彼岸花を目にすると、「暑さ寒さも彼岸まで」という慣用句が浮かんだが、この言葉はすでに過去のものになっている。 翌月、カルテに記入された10月8日という日付けを見ると、「入れ歯感謝デー・歯科技工の日」であることを思い出した。入れ歯の重要性や、歯科技工の技術を広く周知しようと、日本歯科技工士会が「1(い)0(れ)8(ば)」の語呂合わせで制定したのだが、10月になってもあいかわらず夏の日差しが残っている。それに続けて「いい歯の日」(11月8日)を連想してしまうのは、歯科医師という職業だからであり、11月には秋の深まりは感じられるのだろうかとも考え始めた。 その日受付スタッフから、連休には秋祭りがあり、「獅子舞」や「ちょうさ」に「お花代」が必要であることを告げられ準備を始めると、突然「運動会」という言葉が頭に浮かんできた。熱中症対策をはじめ、秋には他のイベントが多いなどの理由で、運動会の開催が秋から春へと変わってきているが、私の暦の中では、秋祭りと同様に運動会はいまだに秋のイベントとして位置づけされたままである。 太鼓の音が鳴り響いた秋祭りの翌朝も、日課である父母ヶ浜へとゴミ拾いに出かけた。浜に続く県道では、祭りのメイン会場である八幡神社を横切る辺りから、祭りが開催されたことを告げるようにゴミが点在している。とりあえず帰りに少し拾い上げることにして車を走らせた。 その日砂浜で波の音を聴きながら、漂着ゴミを拾い上げていると、無意識のうちにある曲を口ずさんでいた。それは「祭のあと」、吉田拓郎の楽曲で、アコースティックギターとハーモニカによる演奏が岡本おさみの書いた詩的な歌詞に深みを生み出している。同名の楽曲を桑田佳祐が歌っているが、まったく別のものである。 半世紀以上も前に作られたこの曲が、「祭り」に限らず、何か大きな出来事が終わるたびに私の頭の中に浮かんでくるようになった。若い頃には非日常である「祭り」で経験する高揚感と、それが終わった後に訪れる「虚無感」、「寂しさ」を描いているだけのように感じていた。しかし、歳月が流れるとともに、「祭り」というのは非日常、人生における象徴的な出来事を指していると理解するようになった。後に「祭りのあと」は、吉田拓郎と岡本おさみが同時期にそれぞれ家族を亡くしたことから生まれた曲だということを知った。つまり、言葉だけでは表現しきれない悲しみがメロディーと歌詞に落とし込まれているのだ。そして「日々を慰安が吹き荒れて」というフレーズが、心に深く染み込んでいく。 浜から帰るとテレビ番組で、158カ国・地域や国内企業が参加し、文化や人類の多様性を共有、未来を先取りした最先端技術を披露した大阪・関西万博が閉幕することを伝えていた。ワイドショーには20回、30回と訪れた来場者たちも登場し、本人、レポーター、司会者、コメンテーターまでもが、「万博ロス」という言葉を発していた。また一瞬、「祭りのあと」の曲が頭に浮かぶ。 大阪・関西万博が閉幕した一方で、瀬戸内海の島々を舞台に3年に1回開催される「瀬戸内国際芸術祭」が秋会期を迎えている。瀬戸内海に浮かぶ島々へと渡る渡船場に行くと、芸術祭の青い垂れ幕や幟が風に揺れていた。「祭り」という文字を見ると「祭りのあと」の曲を思い出すことはあっても、それは一瞬で消え去る。そしてあの曲の歌詞を思い浮かべてしまう悲しい出来事や別れが、歳を重ねるたびに確実に増えている。 <浪越建男先生セミナー> 「フッ化物応用の理解を深めて生涯を通じた口腔の健康につなげる」 2025年11月30日(日)13:00~16:00 開催 詳細情報 お申込みフォーム
著者浪越建男
浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医
略歴
- 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
- 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
- 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
- 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
- 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
- 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
- 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
- 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
- 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
- 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
- 浪越歯科医院ホームページ
https://www.namikoshi.jp/













