歯科医学は奥深く、つねに未知との遭遇を繰り返し、飽くなき探求心をくすぐられる。 歯科医師(歯科医療従事者)という仕事のおもしろさは、もちろん日々の臨床の中にその答えはあるが、一方で私たちは自然科学の中でいまだ解明されていない謎を解き明かしていく研究者としての一面ももち合わせていることが、この仕事の醍醐味だと私は考える。 幼少期、考古学者である吉村作治先生(日本のエジプト考古学の第一人者)に憧れ、夏休みの宿題を忘れて考古学の本を読み、ヒエログリフを練習していたあの夏の影を思い起こす。 歯科大学を卒業し、初めて臨床でう蝕治療にたずさわった時、どこか遺跡の発掘に近い感覚を覚えたのが懐かしい。 それから15年、多くの恩師に恵まれ、私は口腔内科学を専門として、がん・感染症治療の最前線で勤務させていただいている。その最初のステップは、歯科医師臨床研修マッチングプログラムであった。 大学卒業後は、地元の四国に戻って歯科医院を開業という漠然とした考えを巡らせていた。しかし、部活の先輩が都内の医学部付属病院へ入局し、口腔外科手術を経験している話を聞いたことが自身の目を歯科分野から外に向けるきっかけとなった。 歯学部の6年間では習わなかった疾患やその病態生理を学び、その現場で働き患者さんとともに病に向き合う医療職の人たちとの連携をはじめ、医学の中での歯科医学を自分なりに実践したいという気持ちが芽生え、慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室の入局試験を受験した。 2年間の研修医期間は、歯科と口腔外科の両方に精通した専門医のもとで学び、麻酔科研修を経て全身管理の知識も修得することができた。特に夜間の宿直業務では、救命救急科の先生方とも連携しながら医学部付属病院ならではの臨床現場にたずさわることができた。 研修プログラムを修了後は、多彩な病態を呈する口腔粘膜疾患に興味をもち、特に唾液腺機能が失われることがあるシェーグレン症候群にともなうドライマウスを深く勉強したいと考え、大学院への進学を決意した。また、医学研究科博士課程では眼科学教室での研究の機会を得て、「ドライアイ・涙腺組織再生」チームの一員として涙腺・唾液腺の組織再生を目指す研究に従事した。 医師の先生方と話すなかで「歯科はすべて置換するのが治療だよね」「歯周病って抗菌薬で治せないの?」「顎関節症は大腿骨骨頭置換術みたいにして治療するの?」「最新の虫歯治療ってどんな感じ?」「インプラント以外に歯は再生させることはできるの?」など時にハッと気づかされるような質問に出合うことがある。 実は解明されていないことが山ほどあるのが歯科医学であり、多くの研究者がその宝の山に気づきつつある現在。日々の臨床で少しでも疑問に思ったことを解き明かしてみる、研究という扉をともに開ける仲間が歯科から増えればと思う。 「専門にしたい分野があるなら、毎週最新論文を10編読み、どこに行っても自分はその分野が専門だと言い続けなさい」 これは大学院博士課程での恩師の教えである(図1)。新たな分野に飛び込む時はやはり不安もある。周囲の理解が得られないこともある。「隙間産業」・「メジャーじゃない方」なんて言われることもある。 しかし、思い切って扉を開けると新たな知識と人との出会いがある。古今東西、一期一会を大切に歩んできた結果、今がある。 学会ではサクセスストーリーを拝聴することはできるが、普段の臨床でのちょっとした疑問やヒントはなかなか得にくい。成書を読み解くのも一考だが、今の時代のスピード感とは少し異なるところがある。 日常臨床で出会ったりふれる機会は少なからず訪れるが、時間をかけてゆっくりと考えたりしたことがないような分野について、本連載では「新たな出会い」となるような内容を発信していけたらと思っている。図1 大学院卒業時の恩師の先生と同期(右端が筆者)。
著者池浦 一裕
東京都立病院機構都立駒込病院 歯科口腔外科
略歴
- 2010年 日本大学松戸歯学部卒業
- 慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室入局
- 2012年 慶應義塾大学医学研究科博士課程入学
- 2016年 慶應義塾大学医学研究科博士課程修了
- 歯科・口腔外科学教室助教
- 2019年 がん・感染症センター都立駒込病院歯科口腔外科出向
- 慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室非常勤講師
- 博士(医学)
- 日本口腔外科学会認定医
- 日本口腔科学会認定医
- 日本有病者歯科医療学会認定医、専門医
- 日本口腔内科学会認定医、 専門医
資格














