口腔内科学を専攻したい。そう決めた原点は、やはり歯科大学での教育課程にある。 口腔の健康をつうじて全身の健康を支えるために歯科医学を「オーラルサイエンス(口腔科学)」と捉え、医学の一分科としての教育を行うカリキュラムの中で、特に興味を抱いたのは4年次の医学部講師による講義だ。外科学・内科学・耳鼻咽喉科学・皮膚科学・眼科学・産婦人科学・救急医学などを学び、初めて顎顔面領域から全身に目が向いた瞬間であった。学生研究では内科学教室を専攻し、心血管疾患について学び学内発表の機会を得たことも、後に研修医から大学院にかけての進路に大きく影響を与えた。 初期研修医の2010年当時、自身が目指す口腔内科学にもっとも近い日本口腔粘膜学会(現・日本口腔内科学会)に所属し、「繊維素性唾液管炎(クスマウル病)の臨床的検討」について2011年9月の学術集会(鹿児島)で口頭発表させていただいたのがデビュー戦だ。あまりに緊張して前夜はほぼ一睡もせずに発表原稿を読んで過ごしたのが懐かしい。 口腔から肛門までは1本の管であり、その長さは約9メートルあると言われている。消化管の入り口である口腔という臓器、その大部分を占める口腔粘膜は実に多彩な変化を呈し、つねにまたとない景色が広がっている。口腔内環境を構成する重要な組成として唾液があり、歯科治療の際には時として邪魔者扱いされてしまう唾液であるが、その神秘についてはいまだ解き明かされていない事柄が多くある。 研修医の時に東洋医学の講義で「痰は吐け、唾は飲め」という教えを聞き、なるほどと思った。唾液には、アミラーゼによる消化作用のみならず抗菌作用、粘膜保護作用、緩衝作用、粘膜修復作用など多くの恒常性維持に必要なはたらきがある。また、加齢や放射線治療、シェーグレン病などで唾液腺機能が失われることは、口腔内環境を負の方向に進める要因であり、機能的な唾液腺をいかに再生させるかというテーマに興味を抱き、大学院では基礎研究に従事した。そして、眼科学教室のドライアイ・涙腺組織再生チームで学んだ際には、眼科領域の進歩に目を奪われた。 眼科では、涙液は3層構造(油層・水層・ムチン層)となっていることが解明されている。さらには眼表面の層別治療(Tear Film Oriented Therapy)という概念が提唱され、層別に治療することで涙液層の安定性を高め、ドライアイを治療していく研究が進んでいた。フルオレセイン染色液に代表される生体染色検査は角膜障害やドライアイの診断に使用されており、細隙灯顕微鏡を用いれば眼表面の多くの情報を得ることができる。また眼科の検査は、ほぼすべて画像と数値で結果が出てくることも驚きであった。 一方で、ドライマウスの分野での検査は安静時・刺激時唾液分泌量検査を主として、唾液粘性や粘膜湿潤度を評価する方法はあるが、結果のバラつきもあり、再現性という観点ではやはり劣る。治療においても唾液分泌促進薬や口腔保湿剤など対症療法はあるが、対症療法を講じた結果、何がどの程度改善したのかを客観的に評価することはまだ難しい。ゆえにオーダーメイド治療となりにくい。 歯科口腔外科領域・顎顔面領域では答えが見つからない問題も、他の専門領域の検査や手法を用いれば糸口が見えることがある。第5回「東洋医学」で述べた西洋医学と東洋医学の融合にもつうじるが、一見交わらないと思える分野の叡智を結集し、口腔という局所に生じた異変をつねに全身との関係性の中から答えを探し出していく、その探求する術こそが「口腔内科学」だと私は考える。 そのために必要なことは今こそ、「歯科」という城から外の世界へ旅をしに行くことだ。思い切って温泉旅行や海外旅行に行った時、行って良かったと人はいう。異文化にふれ、新たな人との出会いも糧となる。私にとっては、隣接医学とそこにかかわる恩師との出会いがそのきっかけであった。コロナ禍を契機にオンラインで参加可能な勉強会や研究会が増えたこと、成書に匹敵する情報が瞬時に動画サイトなどで得られる現代、学ぶ機会や知るタイミングは無限大である。情報の取捨選択という観点では、あらためて成書に戻ることは必要となる。新たな分野に飛び込む時は不安もあり、周囲の理解が得られないこともある。しかし思い切って扉を開ける、その一歩が未来を変えると私は信じている(了)。
著者池浦 一裕
東京都立病院機構都立駒込病院 歯科口腔外科
略歴
- 2010年 日本大学松戸歯学部卒業
- 慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室入局
- 2012年 慶應義塾大学医学研究科博士課程入学
- 2016年 慶應義塾大学医学研究科博士課程修了
- 歯科・口腔外科学教室助教
- 2019年 がん・感染症センター都立駒込病院歯科口腔外科出向
- 慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室非常勤講師
- 博士(医学)
- 日本口腔外科学会認定医
- 日本口腔科学会認定医
- 日本有病者歯科医療学会認定医、専門医
- 日本口腔内科学会認定医、 専門医
資格













