TOP>コラム>むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:暑い夏

コラム

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:暑い夏

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:暑い夏
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:暑い夏
東の山影から太陽が顔を出す前に、膝ほどまでに成長した診療所の新駐車場の木々への水やりを始める。やがて、散水ホースの小さな穴からアーチを描く水の糸が朝日に煌めくようになると、暑い夏の日の始まりを実感するようになる。

その朝、いつもの時間に蛇口をひねると、ホースの一部から水が噴水のように勢いよく噴き出し始めた。水量を調整しながら穴が開いている位置を確認してみると、ホースがあちこちで変色・劣化し、裂け目が認められた。強烈に降り注ぐ夏の陽射が外側から、ホースの中に残っている水が日光により温められ熱水となり、内側からダメージを与えているのだと理解した。

他の蛇口に取り付けてある散水ホースも確認してみると、同じような損傷や劣化が見られたので、この機会に十数本あるすべてのホースを交換することにした。木々の緑がこの暑い夏を乗り切るためには、適切な散水状況を備えていることは必須条件なのだ。少しの油断が木々の枯れという結果を招き、それを後悔したことは一度や二度ではない。午後からは休診となっていたので、ガーデニング用品の揃っているホームセンターと種苗園へと車を走らせることにした。

ホームセンターをのぞくと、予想どおり商品棚にはお目当てのホースが数本しかなく、さらに種苗園へと足を運ぶことになった。購入予定はなくても花壇苗、切り花苗、植木苗などの前に立ち止まり顔を近づけてしまうのは、いつもの行動パターンである。

ところがその日はどういうわけか、すぐに一枚のポップに記された「秋植えじゃがいも苗」に目が止まった。即座に思い浮かんだのは、昔長崎で見た愛野町や千々石町に広がる馬鈴薯畑の風景で、その頃に長崎県が都道府県じゃがいも生産量ランキング2位であることも知った。そして何より「じゃがいも」という言葉で長崎を思い浮かべるのは、長崎で耳にした方言のせいでもある。

長崎県では、穴の空いた靴下のことを方言で「じゃがいも」とよぶ。穴からのぞいて見える足が、土から顔を出すじゃがいもに似ていることがその由来らしい。この「じゃがいもできとるよ〜」のクスッと笑える方言は、隣県くらいなら通じる。

方言の「じゃがいも」の意味を知ったのは大学1年生の冬、そして翌年の夏に長崎大水害で増水した川に巻き込まれ、危うく命を落としかけた。夕暮れからの3時間で、長崎では6月の月平均降水量に匹敵する雨が降り、それは生まれて初めて水のもつ破壊力と、水害被害を受けた町の姿を目の当たりにした蒸し暑い夏だった。

地元に戻り診療所を開設した1994年の夏は、水不足によりとても苦しい生活を送ることになった。この「ヘイロク渇水」とよばれる水不足は、いまだに香川県における渇水状況を説明する際の指標となっている。四国最大の水がめである早明浦ダムの貯水量は、6月から下がり始めて8月19日に0%と干上がってしまった。断水は9月30日までの67日間、給水制限は11月14日に解除されるまでの139日間に及び、診療を続けること自体が困難な状況となった。水の大切さとありがたみが身に沁みる、とても長く、そして暑い夏となった。

今朝、新聞やニュース見出しには「史上もっとも暑い夏」「30年間平均を2.36℃上回る」「40℃超地点最多」などの文字が躍っている。もはや「異常」といわれた暑さは「日常」になっていて、われわれが「暑いな〜、自然相手だから仕方がない」という言葉で終わらせる状況ではない。温暖化は、渇水、熱中症、農作物の不作などあらゆる面に影響し、被害を与えていて、次の世代のためにも長期的な視点で二酸化炭素排出削減に取り組む必要があるのだ。

新しい散水ホースへの交換作業を終えた暑い夏の日、スタッフから午後からエアコンの設定温度を下げたいとの報告があった。診療所の庇は十分に長く設計してあるが、夏の日差しは年々強くなっていて気温は上がり、それに対抗するように設定温度が下げられていく。焦りを感じるのは私だけだろうか。

<浪越建男先生セミナー>
「フッ化物応用の理解を深めて生涯を通じた口腔の健康につなげる」
2025年11月30日(日)13:00~16:00 開催
詳細情報
お申込みフォーム

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

tags

関連記事