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「口腔内科学ことはじめ」第3回:周術期口腔機能管理(口腔支持療法)

「口腔内科学ことはじめ」第3回:周術期口腔機能管理(口腔支持療法)
「口腔内科学ことはじめ」第3回:周術期口腔機能管理(口腔支持療法)
「手術前説明だったのに、どうして歯科予約が入っているの?」

受付や診療室で患者さんからの問い合わせが入ることがようやく少なくなってきた。

口腔衛生管理、口腔健康管理、口腔ケアなど用語や概念は、時代とともに形を変えながらも、これらの言葉が広く使われるずっと前から私たち歯科医療従事者の中では何となくわかっていたこと、それは“口腔の健康が全身の健康につながる”ということだ。

私が歯科大学に通っていた2004年頃、障がい者歯科の授業で1コマだけ現在でいうところの周術期口腔機能管理に該当する授業があった。しかし、あくまで歯科衛生士業務の延長に近い内容として教わり、日々の診療の中で継続して行っている治療が、結果的に周術期の口腔機能管理にもつながっていくという授業内容であった。

平成24年度(2012年)歯科診療報酬改定において「周術期における口腔機能管理等、チーム医療の推進」が重点課題となったことがきっかけとなり、全身麻酔手術前後(周術期)に歯科・口腔外科が介入し、口腔から患者さんをサポートする(口腔支持療法)の考え方も次第に広まってきた。まさに私はその頃研修医で、「何をしたらいいの? とりあえずスケーリング? ガイドラインはないの?」と悩んでいた。突如、周術期口腔機能管理という大海を旅することとなり、今まで出会ったことがない多職種との連携を経ながら、日々勉強し進んできたのは皆さんも同じと思う。

その後、周術期口腔機能管理が誤嚥性肺炎や口腔に由来した感染の制御、ひいては在院日数の減少や、社会保障費の削減にもつながることが示されてきたことは、記憶に新しい。

では、具体的に周術期口腔機能管理とはどのような処置を行うのか。全身麻酔手術前後をイメージすると、どうしても高次医療機関での現場を想像するが、実際は日々の歯科診療で行っている処置内容をベースとして患者さんがその手術を安全に乗り切れるように、口腔内環境を整えることが最大の目的といえる。

すなわち、入院・手術というある意味特殊な状況下で「必要な歯科処置をカスタマイズ」する、言うなれば「その時々の絵を描く」ということである。

たとえば無歯顎の患者さんであれば、義歯の取り扱いや洗浄方法指導、スポンジブラシを用いた口腔粘膜清掃、殺菌消毒効果のある含嗽薬の使用や口腔内の保湿について歯科医師と歯科衛生士が連携しながら患者さんとともに実践し、病棟看護師とも情報共有していく。もちろん義歯調整や修理が必要であれば行い、脱落リスクのある残根歯があれば抜歯も必要に応じて行う。仮に義歯を持っていない患者さんであれば時間的猶予があれば義歯新製を行い、退院後も想定してかかりつけ歯科を事前に作る準備も進める。

しかし実際には、明日手術だが口腔内は齲歯多数、動揺歯があり、歯肉腫脹もともない、プラークコントロールも悪く、全身状態も不良で糖尿病があり心疾患があり……という状況も多い。

この場合は、基本的には観血処置は難しく、病棟往診での対応となり、最低限必要な処置にとどめることも少なくない。優先事項としては術中の歯牙脱落誤飲窒息が最悪の状況なため、それを回避するために動揺歯の(抜歯)や暫間固定、難しい場合はマウスピースの作製や縫合糸等での結紮固定などを応急的に実施する。

ここでもっとも重要なことは、これらの処置内容とその必要性について主治医や関係する医療従事者との情報共有であり、チーム医療の一環としての歯科であることを忘れてはならない。

歯科医療従事者が口腔内を診れば、その患者さんに必要な治療方針が立つと思うが、仮に齲窩を仮蓋したとしてもその精度が不十分であれば全身麻酔で無意識の状態で脱落するというリスクがあることもつねに考える必要があり、1つ1つの処置にはクオリティも要求される。つまり、周術期という状況下における歯科の「トリアージ」とも言える。

歯科のマンパワー不足、保険点数がない周術期口腔機能管理に該当する手術や疾患も多いなど、まだまだ未完成な分野ではある。しかし、「医療」という大きな枠組みの中で歯科・口腔外科の専門性を最大限に活かして私たちが活躍できるのが周術期口腔機能管理(口腔支持療法)である。

このように、周術期口腔機能管理という大海を旅することは幾多の困難が待ち受けていますが、新たな出会いや発見もあります。必要な装備、技量の獲得、そして仲間はいるでしょうか。待てば海路の日和あり――それは入念な準備と日々の勉強から得られていきます。未知の事柄が多い「医療」の大海で旅をしてどこかの島でお会いできたらうれしいです。できれば南の島が理想ですが。

著者池浦 一裕

東京都立病院機構都立駒込病院 歯科口腔外科

略歴
  • 2010年  日本大学松戸歯学部卒業
  •       慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室入局
  • 2012年  慶應義塾大学医学研究科博士課程入学
  • 2016年  慶應義塾大学医学研究科博士課程修了
  •       歯科・口腔外科学教室助教
  • 2019年  がん・感染症センター都立駒込病院歯科口腔外科出向
  •       慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室非常勤講師

  • 資格
    • 博士(医学)
    • 日本口腔外科学会認定医
    • 日本口腔科学会認定医
    • 日本有病者歯科医療学会認定医、専門医
    • 日本口腔内科学会認定医、 専門医
池浦 一裕

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