健康志向が高い人については、口腔二大疾患の齲蝕と歯周病はローリスクであることが多いので、歯科医療従事者側としては安心しがちですが、それも程度の問題であり、行き過ぎた健康志向には注意が必要です。「純粋な」「クリーンな」「毒素のない」食事に対する強いこだわりが行き過ぎて、そのこだわり自体が生活を支配し、時には口腔内にまで影響を及ぼしている場合があります。 このような健康志向が行き過ぎた病的な状態のことを「オルトレキシア・ネルボーザ(Orthorexia Nervosa:以下、オルトレキシア)」といいます。まだ正式な精神疾患の診断名としては確立されていませんが、この10年間で研究が蓄積され、比較的一貫した臨床像が見えてきています。なお、オルトレキシア患者を直接対象とした口腔内所見の研究はまだありませんが、摂食障害全般や酸蝕症研究の知見から考えると、歯科医療従事者はその早期発見において重要な役割を果たしうると考えられます。 この用語は1997年、「正しい(ortho)」食事への執着を表すために作られましたが、長年にわたり定義が曖昧なまま、さまざまな意味で使われてきました。2022年、摂食障害の専門家からなる国際的なパネルが、初めてコンセンサスに基づく定義と診断基準の試案を発表しました。それによると、オルトレキシアとは自らの食行動に対する強いこだわりであり、食の「純粋さ」に関する厳格で自らに課したルールを軸とし、健康に良いと信じる食品の計画・調達・調理に過剰な時間を費やす状態だとされています。重要なのは、このパネルが、こうしたこだわりが臨床的に有意な苦痛や機能障害(罪悪感、不安、社会的・職業的な支障など)を引き起こしている場合に限り、単なるライフスタイルの選択から障害へと境界を越えると明記している点です。また、このグループはオルトレキシアをDSM-5(米国精神医学会が発行している、精神疾患・精神障害の診断基準をまとめた分類マニュアル)の「食行動障害および摂食障害」のカテゴリーに位置づけることを提案していますが、現時点では正式には認められていません。 2024年に出版されたシステマティックレビュー(McInerney et al.)によると、医療関連分野で働く、あるいは学ぶ人々(特に栄養士を目指す学生)は、一般集団と比べて一貫してオルトレキシア的な症状の割合が高く、リスクは訓練や職業のごく初期段階に集中していることがわかっています。2025年のアンブレラレビュー(Moccia et al.)では完璧主義との関連が、2022年のシステマティックレビュー(Atchison & Zickgraf)では栄養・フィットネス関連のSNSコンテンツへの高い関与や強迫性障害的な特性との重なりが指摘されています。一方、同じく2022年の選択的レビュー(Pontillo et al.)では、オルトレキシアと強迫性障害の関係は依然として実証的に十分確立されていないとされています。 オルトレキシアは、拒食症や過食症の口腔内所見とはきれいに一致しません。患者さんの体重は正常範囲であることも少なくありません。しかし、オルトレキシア型の食行動が口腔内に現れうる特徴として、以下が考えられます。 • 酸蝕 生の果物、柑橘類、酢を使った「デトックス」ドリンクなど、酸性度の高い食品・飲料を中心に食事が構成されている患者さんでは、一般的な酸性食品摂取で見られるのと同様のエナメル質の酸蝕が生じることがあります。従来の酸蝕症との違いは、患者さん自身がその食事を健康を損なうものではなく守るものだと信じている点だけです。栄養学的評価がどうであれ、低pHの食品・飲料への頻繁な曝露はエナメル質を軟化・溶解させます。 • 特定の栄養素の欠乏 オルトレキシア型の食制限がエスカレートするにつれ、医学的な根拠ではなく「不純である」という認識に基づいて、特定の食品群が排除されていくことがよくあります。たとえば、カルシウムやビタミンDなどの栄養素が不足すると、歯槽骨の密度が損なわれる可能性があります。これは拒食症で見られるのと同じ機序であり、BMIが低くなくても起こり得ます。 • 口腔乾燥や粘膜の変化 「不純」とみなす飲料の厳格な制限、断食プロトコル、あるいはオルトレキシアを特徴づける不安や反すう思考によってこれらの症状が生じる可能性があります。いずれも唾液の分泌量や緩衝能力を低下させ、齲蝕リスクや粘膜刺激のリスクを高めます。 オルトレキシアの患者さんは自身の食事を極めて健康的だと表現することが多く、しばしばそれを誇りに思ってもいるため、予想外の齲蝕や酸蝕のパターンが見つかった場合、明白な警告サインというより、本当に診断上の謎として現れることがあります。非審判的な姿勢で、実際の食事歴を丁寧に聴取することが必要です。たとえば、オルトレキシアに起因する酸蝕は、患者さんが「良いこと」だと信じている食品から生じることがあるため、「炭酸飲料をどのくらい飲みますか」といった標準的な質問以外に、柑橘類、酢、発酵食品、生食の摂取頻度について幅広く尋ねると、実際の曝露を明らかにしやすくなります。 口腔内所見と行動面・心理社会面の手がかりを総合して、オルトレキシアのような摂食に関する問題の可能性が示唆される場合、支持的でプレッシャーの少ない対話と、医師やメンタルヘルスの専門家への紹介を行い、チェアサイドで直接診断名を告げることは避けます。患者さんが自分の食事を非の打ちどころなく健康的だと表現するときこそ、食事歴を真剣に聴取することを忘れず、オルトレキシアを拒食症や過食症と同じ心構えで捉えましょう。 参考文献 Donini LM, Barrada JR, Barthels F, Dunn TM, Babeau C, Brytek-Matera A, Cena H, Cerolini S, Cho HH, Coimbra M, Cuzzolaro M, Ferreira C, Galfano V, Grammatikopoulou MG, Hallit S, Håman L, Hay P, Jimbo M, Lasson C, Lindgren EC, McGregor R, Minnetti M, Mocini E, Obeid S, Oberle CD, Onieva-Zafra MD, Opitz MC, Parra-Fernández ML, Pietrowsky R, Plasonja N, Poggiogalle E, Rigó A, Rodgers RF, Roncero M, Saldaña C, Segura-Garcia C, Setnick J, Shin JY, Spitoni G, Strahler J, Stroebele-Benschop N, Todisco P, Vacca M, Valente M, Varga M, Zagaria A, Zickgraf HF, Reynolds RC, Lombardo C. A consensus document on definition and diagnostic criteria for orthorexia nervosa. Eat Weight Disord. 2022 Dec;27(8):3695-3711. Erratum in: Eat Weight Disord. 2023 Sep 16;28(1):76. McInerney EG, Stapleton P, Baumann O. A Systematic Review on the Prevalence and Risk of Orthorexia Nervosa in Health Workers and Students. Int J Environ Res Public Health. 2024 Aug 21;21(8):1103. Moccia L, Anesini MB, Callovini T, Janiri D, Policola C, Cintoni M, Focà F, Kotzalidis GD, Conti F, Bandettini Di Poggio A, Camardese G, Sani G. Understanding Orthorexia Nervosa: A Systematic Review of Meta-analytical Findings. Curr Nutr Rep. 2025 Dec 16;14(1):126. Atchison AE, Zickgraf HF. Orthorexia nervosa and eating disorder behaviors: A systematic review of the literature. Appetite. 2022 Oct 1;177:106134. Pontillo M, Zanna V, Demaria F, Averna R, Di Vincenzo C, De Biase M, Di Luzio M, Foti B, Tata MC, Vicari S. Orthorexia Nervosa, Eating Disorders, and Obsessive-Compulsive Disorder: A Selective Review of the Last Seven Years. J Clin Med. 2022 Oct 18;11(20):6134. Sato T, Fukuzawa Y, Kawakami S, Suzuki M, Tanaka Y, Terayama H, Sakabe K. The Onset of Dental Erosion Caused by Food and Drinks and the Preventive Effect of Alkaline Ionized Water. Nutrients. 2021 Sep 28;13(10):3440. Valeriani L, Frigerio F, Piciocchi C, Piana G, Montevecchi M, Donini LM, Mocini E. Oro-dental manifestations of eating disorders: a systematic review. J Eat Disord. 2024 Jun 24;12(1):87.
著者西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー
略歴
- 1996年 大阪大学歯学部卒業
- 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
- 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
- 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
- 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
- 2018年 同大学院修了 PhD 取得
- NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP):
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