2014年5月、「全国の7割の歯科で、歯を削る機器を使い回し」という新聞報道があり、大きな話題になりました。タービン等の歯科器具の滅菌について、それにかかる金銭的、時間的なコストから二の足を踏んでいる歯科医院もあるのではないでしょうか。大阪の貝塚市にある「医療法人敬愛会 やまぐち歯科」では、開業時から患者さんごとの滅菌を実施しており、地域の信頼を得ています。同歯科の山口敬士院長に、滅菌の具体的な方法やそのメリットについて伺いました。
――やまぐち歯科では、患者さんごとに必ず使用したタービンの滅菌に取り組んでいると伺いました。まずはじめに、歯科医院における感染予防の重要性について、教えていただけますでしょうか。
1つ目は患者さんに対する治療の質の向上です。院内感染を防ぐための理想は、マスクやグローブと同様に、患者さんの口腔内に入れた器具はすべて一回で廃棄することですが、タービンをはじめとする治療器具の多くはそうはいきません。そこで、血液や粘膜などに触れる可能性のある器具は、患者さんごとにすべて使用後に滅菌することにしています。
2つ目に器具を滅菌することは、患者だけでなく歯科医師や歯科衛生士など、従業員の感染予防にも重要です。数値的なデータはないですが、歯科医師の業界では、私たちの職業の肝炎の罹患率は一般の仕事に比べて高いと言われています。外科治療を筆頭に、歯科衛生士さんが担当する歯石除去など、出血が見られる治療はよくあり、我々の職業は常に院内感染のリスクにさらされていると言えます。器具の滅菌は、患者さんとともに私たち歯科従事者の健康のためにも、必須であると考えています。
――歯科医院における院内感染のリスクが知られるようになった現在も、タービンに関しては滅菌をせずに、アルコールで拭くぐらいで次の患者さんに使用しているところもあると聞きます。滅菌を阻んでいるハードルは何なのでしょうか?
クリニックによってそれぞれの事情があると思うが、「滅菌にかかるコスト」と「歯科スタッフの知識不足」が2大原因だと思います。滅菌処理をするためには、専用の機器を導入することが必要ですし、タービンを滅菌している間はそれを使用することができません。1本10万円前後するタービンを余裕を持って購入することのコスト面から、滅菌に踏み切れないクリニックがあることは想像できます。
もう一つの知識不足に関しては、使用する器具によって、滅菌の方法やレベルが違うことが挙げられます。タービンのように患者さんの血液や唾液を吸い込んでしまう可能性がある機器に関しては、専用装置による滅菌が必須ですが、他の器具であれば薬液に一定時間漬けておくだけで大丈夫なものもあります。当院では器具ごとに滅菌の処置をマニュアル化して、スタッフ全員がそれを遵守しています。
――コストには金銭面以外にも、滅菌処理にかかる時間的・人的なコストもあるのではないかと思うのですが、それが負担になっているということはないでしょうか。
当院の場合は開業当初から患者さんごとの滅菌を必須にしていたので、人的・時間的コストが新たに発生するということはありませんでしたが、これから取り組むクリニックであれば、ワークフローを新たに組み立てる必要があると思います。ただ、滅菌のために必要な器具の数や装置を揃えてしまえば、それほどの負担になるとは思いません。実際、当院では滅菌を必ず治療に必要な経費としてとらえています。
――患者さんの中には事前の問診などで、肝炎などの感染症リスクがあることを自己申告する人もいらっしゃると思います。そうした人と、それ以外の人では、滅菌の方法を分けたりしているのでしょうか?
もちろん、肝炎を自己申告された患者さんに対しては、いつもより注意して治療に当たりますが、基本的にはすべての患者さんに対して「感染の危険性がある」という意識を持って治療にあたっています。HIVなどの病気は感染していても、患者さん自身に病識がない潜伏感染の状態の可能性があります。だからこそ、すべての患者さんに対する滅菌処置を統一しておくことが大切だと考えています。
――やまぐち歯科で行っている、滅菌のワークフローについて教えていただけますでしょうか。
タービンの場合であれば、患者さんの治療を終えたあとで、まず表面の汚れを丁寧に拭き取ります。次にタービン・ハンドピースの注油を全自動で行ってくれる「ルブリナ」に装着します。その後、滅菌パックに入れて、オートクレーブの中に入れて高圧蒸気で滅菌するというのが基本的な流れです。一般的に、オートクレーブ滅菌は1時間程度かかりますが、約15分という短時間で完了する「EXクレーブⅡ」を導入しているので、かなり効率的です。
EXクレーブⅡ(左)、ルブリナ(右)
――現在、やまぐち歯科では何本のタービンを使用されているでしょうか?
いまは全部で予備を含めて15本のタービンを保有しています。チェアの数が7席なので、約2倍の数ですね。使用後のタービンが5本ほど溜まった段階で、まとめて滅菌処理をするようにしています。1日に平均すると、各タービンが3回転する感じなので、トータルの1日使用本数は40〜50本になります。
――やまぐち歯科では開業当初から滅菌を必須にしているそうですが、先生が滅菌に力を入れて取り組むようになったきっかけは何だったのでしょうか。
私が以前に勤務していた歯科医院の先生が、かなり早い段階で滅菌に取り組んでいたのが理由です。その頃、2014年に読売新聞が1面の記事で「歯削る機器 7割使いまわし」という報道を行い、歯科の業界でそれがかなり話題になりました。
国立感染研究所のある県の調査で、患者ごとに滅菌したタービンに取り替えている歯科は34%しかなく、「交換していない」が17%、「時々交換する」が14%、「患者が何らかの感染症にかかっている時だけ交換する」が35%と報告されたんです。ほかの県でも平均すると7割がタービンを使いまわしていることがわかり、多くの一般生活者の間にも驚きをもって受け止められました。
――やまぐち歯科のホームページでは、患者さんごとの滅菌を必須にしていることを明らかにしています。滅菌の取り組みが、来院される患者さんに対しても良い影響を与えていると感じますか?
一般の人々にも院内感染のリスクが知られるようになった今、それは間違いなくあると思います。実際、過去にはメールで「そちらでは滅菌を行っているそうですが、どういう方法でされているのでしょうか」という問い合わせをもらったこともあります。患者さんの治療をするときは、滅菌パックから治療器具を取り出しますが、それを見て多くの人は安心されるようです。滅菌を必須に行っているかどうかで、歯科医院を選ぶ意識が患者さんの間でも高まっていると感じますね。
――滅菌のためには、歯科衛生士などスタッフの意識の向上も必要だと思いますが、そのための講習などは行っていますか?
はい、私をはじめ歯科医師も衛生士も、感染や滅菌に関する最新の知識を学び続けるようにしています。実際、当院のスタッフの衛生意識は非常に高く、一人の患者さんに対して5枚ぐらいグローブを使うこともあるので、毎月のグローブ代だけでもかなりの金額が発生しています。また、院内感染を防ぐための設備投資もコストを惜しまないようにしています。当院ではすべてのチェアに口腔外バキュームを取り付けています。それは、歯を削ったときに空気中に舞い散る粉塵などにも、ウィルスや細菌が含まれているからです。
口腔外バキューム
――滅菌や院内感染を防ぐ取り組みは、歯科の経営に関してもプラスになるとお感じでしょうか。
それは間違いなくプラスになると思いますね。滅菌に対するスタッフの取り組みや設備投資は、すべての患者さんに対し治療の質を向上させるためです。自分たちの具体的な取り組みをホームページや院内の掲示できちんと伝えることで、より安心して患者さんも治療に向き合うことができますし、それが地域で信頼されることにつながっていくと思います。私たち歯科の医療従事者も、誇りと自信を持って、この仕事に従事することができます。
――お話を伺って、滅菌に対する取り組みは、これから全国の歯科でスタンダードとなっていくだろうと感じました。本日はありがとうございました。
医療法人敬愛会 やまぐち歯科
http://www.dc-yamaguchi.jp/