予防歯科先進国スウェーデンの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策は、欧米諸国の中で独自路線を行っているものとして注目されています。厳格なロックダウンはせず、禁止事項は50人以上の集会、高校と大学の閉鎖、欧州外からの外国人の入国、高齢者施設への訪問くらいで、70歳以上は外出しないなどは勧告レベルです。結果的に、2020年5月21日現在、COVID-19による死亡者数は3,831人で、百万人あたりの死亡者数は376人、過去一週間(5月13~20日)の人口あたりのCOVID-19による死亡者数は、英国、ベルギー、米国を抜いて世界一になってしまいました。(しかし、国により事情が違うので、国際比較については参考程度にしておいてください。) The Telegraph by Richard Orange "Sweden becomes country with highest coronavirus death rate per capita for last 7 days" https://www.telegraph.co.uk/news/2020/05/20/sweden-becomes-country-highest-coronavirus-death-rate-per-capita/ 予防が進むスウェーデンで、人々はなぜこのような対策に甘んじているのか、と思われるかもしれませんが、実は、スウェーデンと長く関わってきた私にとっては、納得する部分もあります。 ・第二波、第三波まで入れたロックダウンの長期的効果についてのエビデンスがないことを疑い、周りの国に流されない ・国民の自主性に任せ強制的に国民を縛ることはしない ・情報は隠さず、更新と周知を確実にする こういう特徴は、いろいろな場面で認められていたからです。また、どうしてそんなに死者数が多くて医療崩壊が起きないかというと、80歳以上は延命処置を取らないという線引きをしているからのようです。<スウェーデンのある公立歯科医院への道先看板> この対策の是非は、後に譲るとして、歯科医療の情報についてフォーカスしてみましょう。スウェーデンのほとんどの歯科医院は公立歯科医院で、残りのプライベート歯科医院とは別の対応を取っています。公立歯科医院では、その地域の一部の歯科医院だけ開院して緊急処置のみ行い、他は完全に休診中だそうです。つまり、人を含めた資源の利用は集中して最小限に留め、感染リスクを軽減して無駄のない合理的な方法を取っています。大学は3月から閉鎖し、学生の臨床実習は禁じられています。講義は全てデジタル講義で行っています。マルメ大学のホームページによると、この先、2020年11月8日までデジタル講義の予定だそうです。 Personal communications with Dr Gunnel Hänsel Petersson on the 5th and 28th of April 2020 プライベート歯科医院は、どのような処置をするのか、それぞれの歯科医院に任せられています。70歳以上の高齢者の80%はプライベート歯科医院に通っているため、患者数が激減しているのは事実です。しかし、まだ来院患者はいて、継続可能とのことです(2020年3月31日現在)。しばらく我慢すると、夏季休暇(4~5週間)に入るため、楽観視していますが、コロナ危機が6ヶ月以上の長期に渡ると固定費を払い続けるために支援が必要だそうです。またコロナ危機が去った後、患者が予防歯科を継続するかどうかも不透明との見方です。歯科に対する銀行の融資はあまり慣例化していないそうで、それよりもスタッフを解雇する方を選ぶ歯科医師が多いとのことです。また、プライベート歯科医師会は、国税庁に、せめて部分的な免税をするよう嘆願書を出したそうです。 Sveriges Tandläkarförbund Tomma tidböcker hot mot privattandläkarna https://www.tandlakartidningen.se/arkivet/nyhet/tomma-tidbocker-hot-mot-privattandlakarna/ スウェーデン保健福祉庁では、歯科専門家は基本的なプリコーションに加えて、空気感染に対する防護もすべきであるとしています。定期検診、予防処置、COVID-19のリスクグループの患者への歯科治療は延期した方が良いとしています。2020年4月14日に決められたCOVID-19のリスクグループとは、70歳以上の高齢者、がん患者、心血管疾患、高血圧症、合併症のある糖尿病、慢性腎疾患、腎不全、慢性肺疾患(喘息を除く)、慢性肝疾患、肥満(BMI>40)です。エアロゾルを発生する処置については、まだ十分なエビデンスがなく、経験的な指針に留まっていて、特に、歯科医療については、より多くのステップが必要だろうとのことで、さらなる調査が必要だとされています。 Socialstyrelsen Information om covid-19 till personal inom tandvård https://www.socialstyrelsen.se/coronavirus-covid-19/stod-till-tandvarden/ スウェーデン歯科医師会では、COVID-19のみに限らず全ての患者が感染症を持っているとみなして行うことは、通常と変わりなく、患者に何らかの症状や徴候が認められれば、治療は中止でき、適切な医療機関へ照会することとしています。各患者は、COVID-19のリスク評価(上述)をして、患者とスタッフの両方にとって適切な処置をし、雇用者は、適切なPersonal Protective Equipment(PPE)を提供する義務があります。とは言っても、PPEが不足しているのはスウェーデンも同じで、その場合の対策は、安全が確保できなければ、労働環境法に則って、処置は中止してよいとされています。 Sveriges Tandläkarförbund Information om covid-19 https://tandlakarforbundet.se/covid-19/ ほとんどの高齢者施設の訪問が禁じられているため、緊急処置でない口腔ケアも休診中です。そのため、高齢者の訪問診療を請け負っている最大手の Oral Care AB(独自の歯科医院も所有している)は、95%以上の収入減の危機に直面しています(2019年の売上は約30億円)。試用期間のスタッフは解雇、定年間近のスタッフは早期退職、他のスタッフは40~60%の短縮勤務を行っているそうです。最近、ストックホルムにおいて65歳以上の症状のない高齢者に歯科サービスを始め、リスクグループ(前述)の患者に無料送迎サービスを付けたりしています。また、スコーネ地方では、COVID-19患者への急性口腔症状に対して特別なチームを組んでいます。 Tandläkartidningen Coronakrisen drabbar hemtandvården hårt https://www.tandlakartidningen.se/arkivet/nyhet/coronakrisen-drabbar-hemtandvarden-hart/ オンライン診療が4月下旬から、オレブロ郡の公立歯科医院で始まり、他の地域も続いています。診察料は約2,200円です(保険適応なので、患者負担は無料の場合がほとんど)。最初の患者は、風邪症状のある子どもで転倒による外傷歯の症例でした。電話での相談ではなく、ビデオ通話のできるアプリを使うので、外傷歯の様子を知ることもできる利点があったとのことです。最初は月、水、金のそれぞれ数時間ずつ受け付け、利用者が多ければ受付時間を増やしていくそうです。オンライン診療について2年間の追跡調査をすることも話し合われているそうで、さすが、一つ一つのステップにフィードバックを忘れないスウェーデンらしさを感じました。 Tandläkartidningen Testar videovård i coronatider https://www.tandlakartidningen.se/arkivet/nyhet/testar-videovard-i-coronatider/ ※2020年5月21日時点の内容で、その後変更する可能性があります。 追記:移民の人たちの感染について スウェーデンは、移民を多く受け入れている国で、人口の約1/4が一世か二世です。他の国々と同様に、この人たちも感染しやすいグループとして、問題になっています。特に、ソマリアとイラクからの移民に感染率が高いそうです。それぞれ、全感染者の約5%と約4%を占めていました(4月の段階)。ソマリア出身の移民は、全人口の1%未満しか占めていないので、5倍以上の勾配がついています。成人したスウェーデン人は親と同居することはあまりありませんし、地方にサマーハウスを持っているのが常で、自主的な自宅隔離に意味がありますが、移民の人たちは都市部の狭いアパートに家族が身を寄せ合って住んでいること、また、タクシーの運転手など、在宅勤務が不可能な仕事に就いていること、情報弱者になりがちなことが難点です。スウェーデン語を理解できない人もいます。「手を洗おう」といった基本的な感染予防メッセージでさえ、なかなか届きにくい集団で、国民の自主性に任せる感染対策では、取りこぼされがちです。移民の人たちに感染者が偏っていることがデータとして示されて以来、国は、それぞれの言語で注意喚起したり、仮住居を提供したりしているようです。 AP News by David Keyton “Coronavirus takes a toll in Sweden’s immigrant community” https://apnews.com/1d7916cf6e48b7a231b894ef9cda1a19 Läkartidningen by Elisabet Ohlin Utlandsfödda är överrepresenterade bland de smittade https://lakartidningen.se/aktuellt/nyheter/2020/04/utlandsfodda-ar-overrepresenterade-bland-de-smittade/
著者西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー
略歴
- 1996年 大阪大学歯学部卒業
- 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
- 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
- 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
- 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
- 2018年 同大学院修了 PhD 取得
- NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP):
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