歯科医院における労働時間の把握・管理は、法律で義務づけられています。
法定の労働時間を守らなければ、知らず知らずのうちに「ブラック歯科医院」のレッテルを貼られてしまう恐れもあるでしょう。
今回は、歯科医院が知っておくべき労働時間の種類や上限、範囲、注意点についてまとめました。
歯科医院における労働時間とは?
従業員の労働時間は、労働基準法に基づいて定められています。
原則として、法定労働時間である1日8時間・1週間40時間の時間内で就業するよう定められています。
労働時間制度の種類
昨今では、さまざまな労働時間制度が登場しています。
▼フレックスタイム制
必ず勤務しなければならない時間帯(コアタイム)を設定し、それを満たす場合は自由な出勤・退勤を可能にする制度です。
仕事とプライベートの両立がしやすくなり、従業員のモチベーションアップにつながります。
ただし、コアタイム以外の時間帯に従業員が不在となる可能性もあるため、歯科医院の繁閑を踏まえて慎重に導入する必要があります。
▼変形労働時間制
事業の繁閑によって、労働時間を変えられる制度です。
1週間、1ヶ月、1年などの単位で平均労働時間を算出し、法定労働時間(1日8時間・1週間40時間)以内であれば、ある日や週において法定労働時間を超えても残業代を支払う必要がありません。
「繁忙期はしっかり働き、閑散期は休みを多く取りたい」といったニーズにマッチした制度です。
注意点として、労使間で結んだ協定を労働基準監督署への提出する必要があることを覚えておきましょう。
労働時間の上限
法定労働時間以外に、残業(時間外労働)時間の上限制限は、原則として「1ヶ月45時間・1年間360時間」と定められています。
これらを超過し、さらに「1ヶ月100時間・1年間720時間」を超えた場合は、罰金が適用されてしまいます。
ただし、歯科医院のような特定の業種かつ従業員数10名未満の「小規模保健衛生業」は、法定労働時間を「1日8時間・1週間44時間」まで拡大することを特別に認められています。
この場合、1人あたり週4時間・月16時間多く法定労働時間に収めることができ、その時間内は残業代が発生しません。
月給20〜30万円の従業員の場合、1ヶ月で数万円、1年間で数十万円の人件費削減となるでしょう。
ただし、この特例を適用する場合はその旨を就業規則に明記し、労使間で協定を結ばなければなりません。
また、人件費削減のことばかりを意識すると、従業員のモチベーションを下げかねないため、注意しましょう。
労働時間であるとみなされる範囲
労働基準法では、「指揮監督下の有無」を判断の基準として労働時間を定義しています。
この判断には、以下の要素などが挙げられます。
・強制度合い
・業務との関係性
・時間や場所の拘束
つまり、歯科医院において「診療時間=労働時間」ではありません。
診療時間前後に必要となる診察の準備や朝礼、片付け、会計処理などの時間も労働時間に含まれるでしょう。
その他、業務と関係性の高い研修や訪問歯科診療の移動時間なども含まれます。
歯科医院の適正な労働時間管理の目的・必要性
労働時間管理の目的・必要性について解説します。
法律による義務化の遵守
働き方改革の一環として、「労働安全衛生法」の改正により、2019年4月から「労働時間の客観的な把握」が義務づけられました。
厚生労働省は、以下の方法による従業員の労働時間の把握を求めています。
・タイムカードによる記録
・パーソナルコンピュータなどの電子計算機の使用時間の記録
・その他の適切な方法
また、この法改正では「面接指導の強化」や「産業医・産業保健機能の強化」を従業員および管理職を対象に行うこととなりました。
▼面接指導
・面接指導の義務化
・労働者の申し出による面接指導の拡大
・労働時間の状況の把握
▼産業医・産業保険機能の強化
・産業医の活動環境の整備
・労働者の心身の状態に関する情報の取り扱い
もし、長時間労働といった労働時間における問題が発生した場合、産業医などとの面談を行わなければなりません。
労働生産性の向上
長時間労働は、従業員の集中力や精神性に悪影響を及ぼし、労働生産性の低下をもたらします。
時間あたりの業務効率が下がったり、医療機関であってはならないミスを引き起こしかねません。
従業員のモチベーションが下がった場合は、職場への人材の定着率にも影響します。
一方、適切な労働時間を提供できれば、従業員は十分な休息やプライベートの時間を確保できます。
集中力や精神性に良い影響をもたらし、労働生産性やモチベーションは高まっていくでしょう。
法律遵守目的だけでなく、労働環境を適切に保つためにも、労働時間を管理する必要があります。
歯科医院で適正な労働時間管理を行うポイント
適正な労働時間を管理するポイントとして、以下が挙げられます。
①労働時間管理の見直しや整備
②労使ともに納得できる労働時間の取り決め
労働時間管理の見直しや整備
主に3つの観点で管理方法の見直し、整備を行いましょう。
▼出退勤の記録方法
タイムカードやICタイムカード、システムなどを使って、労働時間を正しく管理できる仕組みを作りましょう。
合計労働時間や残業時間を算出するといった機能を持つ「勤怠管理システム」を導入すると管理しやすくなるでしょう。
▼時間外労働の申請方法
時間外労働を行う場合の申請方法を決めておきましょう。
残業を行う際には院長の許可を必要とすれば、実態を把握しやすくなります。
▼労働状況の基準
前述の通り、「指揮監督下の有無」により労働時間の範囲が決まります。
勤務前に職場で食事を取るといった時間は労働時間に含まれません。
明確な定義を従業員に周知し、勤怠時間を正しく理解してもらいましょう。
労使ともに納得できる労働時間の取り決め
従業員側と歯科医院側では、希望する労働時間が異なる可能性があります。
特に従業員は職場の人間関係上、「本当はもっと働いて稼ぎたい」「休みを増やしてゆっくり働きたい」などの労働時間の希望を口にするのが難しいこともあるでしょう。
目に見えない不満が溜まって、離職につながる恐れもあります。
従業員との面談などを行いながら、お互いに納得できる労働時間の取り決めを行いましょう。
コアタイムのみ必ず勤務してもらう「フレックスタイム制」や、歯科医院の繁閑に応じた「変形労働時間制」なども活かすことができます。
歯科医院の労働時間に関する注意点
最後に、労働時間の注意点について解説します。
管理職の労働時間把握
「労働安全衛生法」の改正前は、特定の管理監督者の残業時間は管理外でした。
そのため、従業員の時間外労働を抑えようとして、管理監督者に業務が集中し、過労に至るケースもありました。
法改正に伴い、管理監督者を含む全ての従業員が労働時間管理の対象となっています。
管理監督者についても適正な労働時間を保ち、条件に応じた残業代などを支払いましょう。
労働時間の未計上によるペナルティ
あってはならないことですが、本来計上すべき労働時間を計上せず未払いの給与が発生した場合、以下のペナルティを受ける恐れがあります。
・労働基準監督署による是正勧告
・付加金の支払い義務(労働基準法114条)
・遅延利息の支払い義務(年利14.6%)
・従業員による訴訟
・報道による信用の失墜
一度「ブラック歯科医院」のレッテルを貼られてしまうと、従業員・求職者のみならず患者さんが離れていくリスクがあるため、注意しましょう。
適正な労働時間の維持を心がけましょう
今回ご紹介したように、労働時間の把握・管理は法律で義務づけられています。
適切な労働時間を設けることで、従業員の業務効率やモチベーションの向上につながるなど、メリットも大きいです。
新しい働き方も取り入れつつ、柔軟な労働環境を整えていきましょう。