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アイルランドの予防歯科事情

アイルランドの予防歯科事情
アイルランドの予防歯科事情
アイルランドは、北欧の一つであるアイスランドと間違えられがちですが、イギリスのすぐ隣に位置する気候の温暖で緑豊かな国です。歯科に限らず、様々な分野でイギリスの影響を受け、その後ろを追っているのですが、世界に先駆け思い切った方策を実行することもあります。

1960年代からフロリデーション

前号で紹介したスウェーデンより、アイルランドはずっと貧しい国で、長い間、“ヨーロッパの中の発展途上国”と言われてきました。十分な数の歯科医師や歯科衛生士を育てる財源もないため、1960年代の子どもたちの齲蝕洪水時代にも、歯科サービスは全く追いつかない状態でした。苦肉の策が、当時、どうやら凄い齲蝕予防効果があるとわかった水道水へのフッ化物添加(フロリデーション)で、これは、最も安価な齲蝕予防方法です。 喧々囂々の論議の末、早くも1960年代前半、アイルランドの国全体でフロリデーションをすることが決定されました。その結果は見事なほどで、子どもたちの齲蝕はみるみるうちに減り、2000年の調査では、フロリデーションをしている12歳児のDMFTは、北欧と同レベルでした。一人あたり歯科医師数や歯科衛生士数がずっと少ないというハンディを乗り越え、子どもたちの口腔保健を、予防先進国並みに向上させたのです(写真1、2)。そして、今でも0.6-0.8ppmの範囲でフロリデーションを継続しています(写真3)。 写真1:9歳の男の子、上顎左側Bが脱落したところ 写真2:繁華街にある開業歯科医院 写真3:浄水場に設置されたフッ化物のタンク

国全体の歯科疾患実態調査がない

しかし、注意する必要のある点がいくつかあります。アイルランドは、歯科疾患実態調査のような国全体を代表する疫学調査を行っていません。研究目的で予算が下り、そのデータを借用して、国全体の実態を推測するのみです。しかも調査は定期的に行われるわけではないので、経時的な変化も、おおよそしかわかりません。アイルランドの水道水の普及率は約7割で、田舎では井戸水が使われています。もちろん、井戸水にはフッ化物は添加されていません。そのため、前述の2000年の調査の際は、フロリデーションの水を使っている子どもと使っていない子どもに分けて分析しています。フロリデーションの効果が統計学的に証明されることを前提に、被験者の選び方と数を決定していますので、全体を一緒にして計算することができないのです。よって、厳密には国際比較ができません。 フロリデーションは、社会経済的格差を克服して、所得の低い層にも齲蝕予防の恩恵が与えられる優れた方策としてアピールされるのですが、一般的に、田舎の方が経済的状態は低いので、その人たちが居住する地域が上水道化されていなければ、国として本当に社会経済的弱者を救っているのか疑問の余地があります。

時に飲めなくなる水道水

そして、水道水が時々汚染されることも問題です。アイルランドは水道料金が無料です。雨が多いので、水はタダなんだと冗談を言う人もいます。一見、素晴らしいことだと思いがちですが、よく聞いてみると、水道水の浄化はろ過でのみ行っているようです。この夏は珍しく日照りが続きましたが、そのために、家畜の糞尿が濃縮されて川に流れ、上水道にアンモニアが基準以上に検出される結果になったそうです。化学物質で処理すると費用がかかるので無理とのことでした。大腸菌が検出されて、水道水を飲まないように、歯磨きも水道水ではしないようにと注意喚起されることもあります。せっかくフロリデーションしていても、水道水の安全性が担保されなければ、その恩恵は受けられないという何とも皮肉なことが起こるのです。

世界で初めて国として禁煙法を制定

2004年、アイルランドは禁煙法を通しました。学校、病院、飲食店など公共の場では喫煙は禁止され、罰金は一人あたり3,000ユーロ(約40万円)です(写真4)。 写真4:パブ内に貼られた禁煙法の告示 お酒とタバコが一体になっていたパブ業界は大反対でしたが、パブの従業員の健康を守ることが第一として、当時の厚生大臣であるミホール・マーティンが英断を下しました。この法律は大きな注目を浴び、あっという間に他のヨーロッパの国々にも広がりました。 一方、アイルランドの国民性は「規則は破るためにあるもの」というところもあって、時々、あれ?という場面に出くわすこともあります。大学病院の敷地内に、薄黄色の小石が敷き詰められている一角があるのかと思いきや、実はタバコの吸殻であったり、パブで終業間際、知り合いだけになると、どこからともなくタバコの煙が漂ってきたり、杓子定規ではないところがアイルランドの特徴の一つでもあります。そう考えると、患者教育は、日本人よりも難しいかもしれません。

日本の歯科衛生士さんへメッセージ

清潔より隣人愛、人生を楽しくが信条?! アイルランドは敬虔なカトリック教徒がほとんどを占めています。最近、若い人たちの間で信仰心が薄れてきているとはいえ、衛生観念にキリストの教えが影響を与えていると思われます。つまり、日本人の私たちから見ると不潔に対してかなり寛容です。清潔よりも隣人愛の方が大切なわけです。 それを表しているかのような面白い調査がありました。2017年、グラクソ・スミスクライン社の調査結果です。アイルランド成人の約半数が寝る前に歯磨きをさぼっているそうです。1/3は、朝はマウスウォッシュで歯磨きを省略、15%は指で歯磨き、8%は歯磨きしたかどうかについてパートナーに嘘をついたことがあるとのこと。24%だけが、この2週間、一日2回、毎朝、毎晩歯を磨いたそうです。※ 何となく、四角い部屋を丸く掃いて良しとしてしまう雰囲気が見えてくるでしょうか?楽しい人たちなので、国際比較で幸福度が常に上位にあることも頷けます(写真5)。しかし、最後に強調したいことは、そんなアイルランドでも、メインテナンス率は日本よりずっと高く、半数以上の人が予防のために歯科医院に行っています。また、メインテナンスの大切さも日本より多くの人に知られています。清潔好きの日本人がメインテナンスに関しては、アイルランドに敵わないのは不思議です。 写真5:マーケット内に貼り出されていた昔の写真で、無歯顎の女性が笑っている ※参照 https://www.newstalk.com/A-new-survey-on-Irelands-dental-hygiene-habits-has-made-some-surprising-findings

著者西 真紀子

NPO法人「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 歯学修士号取得
  • 2018年 同大学院修了 歯学博士号取得
所属学会
  • 日本口腔衛生学会

西 真紀子

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