記録を大切にしている須貝歯科医院の底力を強く感じる一冊
『ホームドクターによる小学校2年生までに始める拡大床治療』
皆さんは本を読むとき、何を基準に選んでいるだろうか?タイトル、内容で選ぶことはもちろん、書籍であれば表紙のデザインやセンスで選ぶこともあるかもしれない。筆者はお気に入りの先生の書籍を手に取ることが多い。そして本書の著者である須貝昭弘先生は、臨床家としての創造力とセンスにあふれ、またその臨床姿勢にいつも刺激を受けている、私のお気に入りの先生の1人である。
須貝先生とは、私が卒後5年目くらいのときにある勉強会で出会った。そのときの話題はインプラントであったと記憶している。その後も、欠損歯列や印象採得、歯周病に関しても大きな示唆をいただいてきたが、ある時期から咬合育成や初期う蝕の臨床的診断といった予防に軸足を置いた講演や論文を目にする機会が増えた。2015年には『ホームドクターによる子どもたちを健全歯列に導くためのコツ』という書籍を上梓され、現在でもチェアサイドに置いて頻繁に活用させていただいている。
このような須貝先生が、拡大床治療に焦点を絞って、試行錯誤と経過観察を重ね、ふんだんな症例写真とともに披露してくれたのが本書である。日本人の不正咬合の44.3%が叢生(平成23年度歯科疾患実態調査)であることから、小児期の咬合育成としての拡大床治療を重視し、その開始時期や使用方法、設計、適応症や禁忌症について、読者が結果を出せるように、論理的でありながら臨床的にまとめられている。
乳歯列を観察すると、上下切歯交換期に4本の切歯がきれいに排列できれば正常な永久歯列に移行しやすく、逆にこの時期の叢生は自然な改善が難しく、正常な永久歯列にはならない。この臨床観察から、叢生の咬合育成には側方歯群交換期前が効果的であり、この時期に拡大床治療を行えば、正常な永久歯列を得る近道になると説かれている。さまざまな方法がある拡大床治療であるが、拡大床においては側方歯群の交換が始まる前の時期での対応が重要なことより、タイトルに『小学校2年生までに始める』という具体的な修飾語がついたと推測できる。
本書は治療の断面の羅列ではなく、乳歯列から混合歯列期を経て永久歯列に至るまでの、結果だけでなくそのプロセスも症例写真で示されているため、目で見て効果を実感できる。
具体的な設計や製作方法、セット時の確認、使用方法、調整方法まで、臨床ですぐに取り入れられるよう解説もされている。さらに、経過が思わしくなかった症例もそのまま疑似体験でき、自分の患者さんの検討にも大いに役立つ。
最後に特記すべきこととして、症例写真がきわめて美しいことを忘れてはならない。ホームドクターであり、記録を大切にしている須貝歯科医院の底力を強く感じる。どの口腔内写真も比較しやすく、徹底した規格性のうえできれいに整えられていることに驚嘆を禁じえない。拡大床治療を始めるにあたって確実に結果を出せる"道しるべ"となる本である。
評者:熊谷真一
(静岡県・くまがい歯科クリニック)
須貝昭弘 著
クインテッセンス出版
問合先 :03‐5842‐2272(営業部)
定価本体:15,000円(税別)・220頁
依頼があっても困らない保険の知識と請求例を網羅
『よくあるケースでイチからわかる!開業医のための歯科訪問診療算定ガイド』
高齢社会が進み、今まで通院できていた患者が歩行困難になったりして来院不可能になるケースが増えてきている。そのような患者から、歯が痛む、歯肉が腫れた、義歯が合わないなど、さまざまな症状で歯科訪問診療を依頼される場合が多くなっている。従来は地域の歯科医師会で行っている歯科訪問診療事業にお願いすることがほとんどであったが、最近の診療報酬改定で「かかりつけ歯科医機能強化型診療所」の施設基準に歯科訪問診療が導入され、一般歯科診療所も歯科訪問診療を実施せざるをえない時代となってきている。ではいざ歯科訪問診療を始めようとした場合に、どのような器材が必要なのか、届出は必要か、保険請求はどうする等々、さまざまな疑問がでてくるがそれらをすべて解決してくれるのが本書である。
本書は4つの章からなっている。「第1章 歯科訪問診療の敷居を下げる そこが知りたいQ&A」では、まず歯科訪問診療のインセンティブに始まり、歯科訪問診療に必要な機器・器材の説明、歯科訪問診療を始めるにあたっての届出、医療保険と介護保険の関係について、そして介護保険の請求方法、最後にどのような講習やトレーニングが必要で、どこで習得できるかなどをQ&A形式でわかりやすく解説している。
「第2章 来院困難となった患者の自宅に訪問して引き続き診療をしたい」では、かかりつけ歯科医として一番多いと思われる在宅患者のケースを17事例挙げて詳細に解説している。はじめに患者個々のプロフィールを患者が受診に至る背景について説明し、続いてその処置内容を、本書の姉妹書『歯科保険請求2020』と同様に、カルテ記載形式で詳細に記述している。また歯科訪問診療において算定できる、さまざまな処置およびその算定要件などは、別に図表などを用いて詳細に理解しやすく解説している。
「第3章 施設や病院に入所・入院することになった患者の訪問診療を行いたい」では、まず介護保険施設に入所している患者に対する事例を、その訪問先で診療する人数(単独,もしくは多人数)別に歯科衛生士が単独で訪問歯科衛生指導を行う場合も含めて説明し、つぎに病院に入院した場合について、そのシチュエーション別に解説している。
「第4章 専門的な対応が必要な患者に訪問診療を行うことになったら」では、摂食嚥下障害患者、舌がん患者、肺がん患者について3事例を、専門医との連携対応も含めて解説している。さらに巻末資料として歯科訪問診療にかかわる各施設基準や算定項目なども掲載されている。
本書は『歯科保険請求2020』の編集に携わり、歯科訪問診療に精通している先生と、東京医科歯科大学の戸原玄教授により編集されていて、歯科訪問診療に関する事項はほとんど網羅されている。したがって、これから訪問歯科診療を始める先生のみならず、すでに実施している先生にもおすすめできる1冊である。
評者:小笠原浩一
(東京都・ヴィナシスデンタルクリニック)
湯島保険診療研究会訪問部会・編
大泉 誠/小澤健一/戸原 玄/
増田一郎/森末裕行/渡辺 泉・編集委員
クインテッセンス出版
問合先 :03‐5842‐2272(営業部)
定価本体:3,700円(税別)・104頁
歯科医師として,知っておかねばならないことが山盛り!
『鼻呼吸 歯医者さんの知りたいところがまるわかり─鼻と口の呼吸で何が違う?なぜ違う?─』
10年ほど前、福岡県を拠点にする西日本新聞社の敏腕記者・佐藤弘氏から連絡をいただいた。「福岡市にすばらしい内科医がおられる。これから歯科界発展のためのキーパーソンとなると思うのでぜひ紹介したい」といわれた。そこで、初めて今井一彰先生の講演を聞きにいった。
その冒頭の言葉が"上流の医療"であった。「海をきれいにするには、まず河川の流域をきれいにしなければならない。そのためには上流から考える必要がある。洗車だって同じだ。下の部分から洗うと、後に上の汚れが落ちてくるので2度手間となる。ヒトの身体は下から、肛門→大腸→小腸→胃→食道→口の順に1本の管でつながっている。では腸の病気を予防するために、まずきれいにするのはどこだろう?腸に目を奪われることなく、まず口からきれいにする必要がある……」。この言葉には驚かされた。当時、歯科界でも口呼吸の弊害については、十分知られていなかった。どうして内科医が、口呼吸について語られるのか理解できなかった。のちほど、その理由がわかった。先生は超一流の臨床家であったのだ。日々の診療でIgA腎症などの免疫異常で困っている患者さんがたくさんおられる。その引き金の1つが口呼吸であることに気がつかれたのだ。そこで"あいうべ体操"を考案され、口呼吸関連疾患の予防をしようというのである。以来、評者も先生の大ファンの1人となった.
現在、今井先生の名前を知らない歯科関係者は皆無といってもよいだろう。しかも3年前、小児の習慣性口呼吸の増加が問題となり、"口腔機能発達不全症"が保険収載されたが、この動きの背景には、先生が全国で口呼吸の弊害を訴えてきたことと無関係ではないだろう。
また口腔機能発達不全症は、成人期における早期からのオーラルフレイルにつながることは明白である。最近では、テレビでも"鼻呼吸でインフルエンザや新型コロナ感染症の予防をしよう"とまでいわれるようになった。まさに、先生がこれまで一貫して訴えられてきた"鼻呼吸の有用性"が市民権を得たのである。
本書は、表紙をみると患者さん向けの本かと思われるが、中身はまったく逆で非常にレベルの高い本である。歯科医師として、知っておかねばならないことが山盛りだ。作家の井上ひさし氏の「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」という言葉をそのまま実践して書かれている。そのため、歯科関係者から一般の人まで、幅広い人びとが、楽しく学べる構成となっている。サブタイトルどおり、"歯医者さんの知りたいところがまるわかり"できる1冊である。本書を通じて"お口ぽかんの弊害"、"新型コロナウイルス感染症の予防"などに対する理解を深め、患者さんや一般の人びとに対し、わかりやすい保健指導を行っていただきたい。
評者:岡崎好秀
(国立モンゴル医科大学歯学部客員教授)
今井一彰・著
クインテッセンス出版
問合先 :03‐5842‐2272(営業部)
定価本体:4,500円(税別)・88頁