現在、口腔機能の発達の"みちすじ"が明らかになり、その段階に合わせた離乳食の指導がなされている。 これにより最も恩恵を受けたのが、脳性麻痺など障害児であろう。 摂食嚥下の訓練には、このステップが大切だ。 しかし、口腔機能発達不全症の増加には、まだ気づかない視点があるのだろう。 さて、赤ちゃんの生後百日お祝いの儀式として「お食い初め」がある。 一生食べもので困らないようにと願い、祝い箸でチョンチョンと口を触わり食べる真似をする。 その後で、石を赤ちゃんの歯グキにつけ丈夫な歯が生えるようにお願いする。 これが"歯固め"である。 何故、このような儀式をするのだろう? 現在の日本では、この風習を知らない若い夫婦が多い。 "歯固め"と言えば、市販のシリコン製のものを想像する。 歯の萌出時、歯グキがムズムズして気持ちが悪い、そこでこれをガチガチ噛むと軽減されるという。 さて、モンゴルでは生後5・6か月の乳児に、羊のシッポの部分の脂(羊尾脂)をくわえさせる習慣がある。(地方では生後3か月頃から与えている) 乳児は、これをチュパチュパするのだが、初めてその様子を見た時不思議に思った。 またチベットにも類似した習慣がある。 以下、少し長文になるが「明るいチベット医学」より引用しよう。 「チベットでは乳児が、ゆでた肉の塊をかかえてむしゃぶりついている。 手をベトベトにし、顔も服も脂にまみれている。 生後2・3カ月頃、肉の丸ゆでを与え乳離れをさせる。 子どもはまだ噛めないけれど、肉にむしゃぶりつき肉汁を吸う。 いつまでも噛み続けるので、歯グキが鍛えられる。 すると丈夫な歯が生え、顎もよく発達する。 これは歯を丈夫にするトレーニングになる。 赤ちゃんの時から、手でものをつかんで飢えを満たそうというという姿勢は、生きる力をつけるために役立つ。 小さいものは飲み込む危険性があるので、ある程度の大きさにしてしゃぶらせる」 出典:(チベットの医師(医学僧)大工原彌太郎著1988年 情報センター出版局) これは、モンゴルやチベットの"歯固め"だ。 日本の伝統的な歯固めとは少し様子が違う。 乳児は、3か月頃になると、目についたものを手あたり次第に舐める。 おそらくモンゴルやチベットでも、この時期から与えるのだろう。 現在、日本の育児書には、食物を利用した"歯固め"ついて書かれていない。 不潔と考えられているからだろう。 しかし"歯固め"には、他にも意味があるに違いない。 続く
著者岡崎 好秀
前 岡山大学病院 小児歯科講師
国立モンゴル医科大学 客員教授
略歴
- 1978年 愛知学院大学歯学部 卒業 大阪大学小児歯科 入局
- 1984年 岡山大学小児歯科 講師専門:小児歯科・障害児歯科・健康教育
- 日本小児歯科学会:指導医
- 日本障害者歯科学会:認定医 評議員
- 日本口腔衛生学会:認定医,他
歯科豆知識
「Dr.オカザキのまるごと歯学」では、様々な角度から、歯学についてお話しします。
人が噛む効果について、また動物と食物の関係、治療の組立て、食べることと命について。
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