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親知らず、抜くか抜かぬか、さじかげん 第2回:親知らずリスクリスクと うるさいわけ

親知らず、抜くか抜かぬか、さじかげん 第2回:親知らずリスクリスクと うるさいわけ
親知らず、抜くか抜かぬか、さじかげん 第2回:親知らずリスクリスクと うるさいわけ
親知らずの抜歯においてもっとも嫌なリスクは、出血と服薬によるアナフィラキシーです。なぜなら、病院内で具合が悪くなる分には対処のしようもあるのですが、病院を離れてから起きてくることにはなかなか対応が難しい時があるからです。

病院を出てから起きてくることには、痛みや感覚の異常などもありますが、それらで急に命にかかわる問題にはなりにくいと思います。しかし、抜歯後の血が止まらない、もしくは、アナフィラキシーで息が苦しい、などは、至急に対応をしなければいけないことです。

特に夜になってから問題が起きると、処置した病院などには連絡がとれず、救急対応に任せるしかない場合もあります。薬のアナフィラキシーはどこの救急外来でも診てくれると思いますが、抜歯後の出血に関しては、救急車に乗ってもなかなか受け入れてくれる病院が見つからないこともあります。
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そのようなことから、かつては「外来手術は午前のみ」としていた病院もありましたが、今はもう、病院システムの都合や患者受診の利便性なども求められるようになり、そういうところはほとんどないでしょう。

いちど、抜歯して帰る途中に、再度病院に戻ってきていただいたことがありました。埋まっている親知らずの抜歯中、少し出血が多かったのですが、そこで止血したら落ち着いたため再開し、無事に抜歯を終えた方でした。傷を縫った後も、少し出血が多いかな?と思って、数回ガーゼを咬んで圧迫して経過をみましたが、どうやら大丈夫そうだと判断して、帰宅いただいた方でした。

しばらくして、ご自宅まで半分行かないくらいの距離の駅から電話があり、「出血が多くなってきてガーゼを噛んでもとまらないがどうしたらいいか」とのことで、再度病院に戻ってきていただきました。ご本人の電話の声はあまり話しづらそうでもなく、それほどの出血とは感じていませんでしたが、なんと洋服にも血が付いてしまっている状態でした。とりあえず、血のかたまりで覆われたガーゼを取ってみたところ、ピューピューと拍動とともに血が噴射してきたので、慌てて再度ガーゼで圧迫して、器具などの体制を整えてから、もう一度注射で麻酔をして、血を止める処置をしました。ただ、血を止めるのに一生懸命になりすぎたか、血管と一緒に走っている知覚神経が少し傷ついて唇に感覚のにぶさが残ってしまい、しばらくは歯ぐきの形もへこんで知覚過敏の症状も出てしまいました。

実はこの方、レントゲンで見て親知らずの埋まっている場所が下顎の骨の中の動脈の通っているところに近く、抜歯後の出血などのリスクは高めだと考えられた方でした。ご自宅は、1時間半はかかりそうな遠方で、もしもの時の対応を考えて、ご自宅の近隣の大学病院の口腔外科に紹介することをご本人とお母さまにも提案したのですが、当院での抜歯を希望された方でした。

20代だったと思いますが、わりと化粧や洋服もきっちりとして病院にいらっしゃる女性でしたが、その方が、血が付いた洋服とともに電車を乗り継いて病院に戻っていらっしゃった1時間弱の時間を思うと、未だに苦しくただただ申し訳なく思います。

幸か不幸か、ご本人もご家族も、「先生の説明したとおりのリスクであり、近隣の病院で抜歯するように言われたのに無理を言って先生にお願いして、予想通りに出血して再度処置をしていただくことになり、申し訳ない」という理解で、むしろ信用してくださってしまいました。しかし、こちらとしては、抜歯した時に圧迫止血で血が止まるだろうと考えた判断が甘かったわけで、あの時になぜもっと良い判断ができなかったのか、反省しきりです。

抜歯後の止血は、抜歯した穴の上からガーゼで圧迫する方法が、基本となっています。歯を抜いた骨の穴の上の方から、穴ごとをガーゼで30分くらい圧迫して、全体的な圧力にて血が止まってきて傷を治しだす、というイメージです。

しかし、直接血が出ている骨の面を圧迫しているわけではないので、出血の状態や止血が難しい方などの場合には、なかなか血が止まりにくいことがあります。抜歯の時に使う注射の麻酔には、血を止める薬も含まれていて、感覚が戻って来るとともに少し出血が増えたように感じることが少なくありませんが、このタイミングで、ガーゼで圧迫しても止まらないほどの出血となってきてしまう場合は、出血している骨の面を直接ガーゼで圧迫するなどの、違う止血の方法が必要となります。

それならば最初から、骨の面を直接ガーゼで圧迫止血しておけばいいように聞こえると思います。ただ、血が出ている骨の面を圧迫してしっかり止血するということは、歯を抜いた穴の中にガーゼをしっかり詰めることとなり、特に埋まっている親知らずの抜歯などでは歯ぐきの傷のさらに奥になってしまうので、自分で交換することができません。

いずれにせよ、しっかり血が止まるまでの数日間は、口の中に同じガーゼがあることになりますので、どうしても食べ物や唾液で汚れ、そして適温で培養された細菌が繁殖することとなり、不潔になり臭いも気になります。

また、少し傷が治るまでの時間が多くかかり、歯ぐきの形も少しへこんだままとなってしまうこともあります。

いまでは、やはり心配だなと思う時には、あとで血が止まらなくて困らせることとならないようにご説明したうえで、抜歯して血が出ている骨の面に直接ガーゼを詰めて止血をするようにしています。

抜歯にあたっては、特に埋まっている親知らずなどでは、なんでそんなことまで?というほど、あれこれと聞かれると思います。たとえば、体の病気やアレルギー、飲んでいる薬、もしくは過去に受けた治療の方法や注射の内容などによっては、血がとまりにくかったり、傷がなおりにくかったりしますし、抜歯後のお薬の量や種類の調整が必要となりますので、あれこれとうかがいます。

そしてまた、通院にかかる時間や、具合が悪くなった時にサポートしてくれたり、夜中でも車で病院に連れて行ってくれたりする家族と同居しているのか、などの情報も必要となります。

そのうえで、実際に抜歯する歯のリスクと加味して、どういった体制を準備して抜歯をするのか、を検討する必要があります。

そのような問診、検査、診察を終えて、診査したうえで説明をします。埋まっている親知らずの抜歯においては、やり方などとともに、予想される痛みや腫れ、出血や感覚の神経、その他の体調の経過などを説明し、同意いただければ、書面にサインをしていただくこととなります。ここまでで、スムーズに行っても30分くらいかかるでしょうし、病気や心配なことがある場合は、どうしても時間を要してしまいます。

通院する側としては、通院回数が少ないほうが楽でいいだろうと思います。しかし、病院側としては、すんなりとうまく行かなかった時の「もしも」を検討する必要があり、そのうえで初めて「安心・安全」の提案ができることとなりますので、ご協力よろしくお願いいたします。

著者中久木康一

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野非常勤講師

略歴
  • 1998年、東京医科歯科大学卒業。
  • 2002年、同大学院歯学研究科修了。
  • 以降、病院口腔外科や大学形成外科で研修。
  • 2009年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野助教
  • 2021年から現職。

学生時代に休学して渡米、大学院時代にはスリランカへ短期留学。
災害歯科保健の第一人者として全国各地での災害歯科研修会の講師を務める他、野宿生活者、
在日外国人や障がい者など「医療におけるマイノリティ」への支援をボランティアで行っている。
著書に『繋ぐ~災害歯科保健医療対応への執念(分担執筆)』(クインテッセンス出版刊)がある。

中久木康一

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