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第6回:親知らず 耐えきれなければ 全身麻酔

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親知らず、抜くか抜かぬか、さじかげん
第6回:親知らず 耐えきれなければ 全身麻酔

親知らず、抜くか抜かぬか、さじかげん<br>第6回:親知らず 耐えきれなければ 全身麻酔
親知らず、抜くか抜かぬか、さじかげん
第6回:親知らず 耐えきれなければ 全身麻酔
親知らずの抜歯は、たいていは注射の麻酔でやりますが、全身麻酔ではないと難しいと判断することもあります。この違いは、どこにあるのでしょうか?

たまに、この歯は何のために抜くの?というような抜歯が依頼されてくることがあります。なかには、リスクはめちゃめちゃ高そうなのに、メリットがほとんどなさそうな抜歯もあります。さらには、年齢が高かったりします。

いらした本人は、その日に「ぽいっ」と抜いてくれるだろう、と思って仕事を休んで来たもので、「いや~、これはさすがに入院して全身麻酔の対応になりますねぇ」と伝えると、にわかには受け容れていただけなかったりします。

「でも、この歯は全身麻酔でやったほうがいいと思うんですけどねえ……。ぶっちゃけ、ちょっと僕には、この歯は注射の麻酔ではやりきれる自信はないですねぇ……」と伝えたら、「いや、失礼ですけど、先生ができないならば、こちらは別の先生で構いませんけど」とおっしゃられたこともありました。

まぁ、それはたしかにその通りなので、ちょうどそこにいた先生(江戸っ子女性)にレントゲンを見せたら、「はぁ?こんなの全身麻酔じゃなきゃ無理でしょ!だいたいこれ、症状ないなら抜く意味あるんですか?こんなのやりませんよ!」と、注射の麻酔はおろか、リスクを負う抜歯自体を否定されました(笑)。

ようやくご本人も納得してくださいましたが、なぜか、こうしてしぶるのは中年以上の方が多い印象があります。そして、説明に対して同意してサインして抜歯となります。もちろん、起きる可能性があるから説明しているわけですし、それに同意してサインもしてもらったはずなのですが、説明したことが起きた時に「こんなはずではなかった」「聞きはしたがこんなだとは思っていなかった」とおっしゃられて困ってしまうのも、同じ、中年以上の方々です。なぜか、自分には起きないと捉えてしまうようなのですが、説明の仕方が下手なのかもしれません……。

逆に、若い方々は「え~っ!ダメなんですか~!」「怖くなってきた」「超ムリなんですけど」なんて驚きながらも、「思ったより早かったです!」「言われた通りにたいへんでした!」「鬼ヤバかった」などと、素直に受けとってくださる方が多いように思います。結果的に心配した通りの偶発症が起きたとしても、「え、だって、先生言ってたし」みたいに言われると、ご自身でメリットとデメリットをきちんと判断して覚悟して決断してくださったんだなと、ありがたく思います。

先の例の方にはうまく伝わらなかったのですが、僕が「局麻で抜く自信がない」という時は、端的に言うと「患者さんが耐えきってくれるとは思えない」という意味です。

時間がかかれば、疲れてきて口が閉じてきて見にくくやりにくくなり、さらに時間がかかり、そして麻酔の効果も切れてきます。出血が増えると、喉の方にたまる液体も増えるかもしれませんし、こちらも出血を減らすために動きが早くなり、患者さんを気遣っている余裕がなくなってきてしまいます。また、知覚神経に触れている歯を抜くには、注射の麻酔ではどうしても痛いことがあります。それらの状況を考慮したうえで、「たぶん、この方はそれに耐えきってくれないだろう」と感じた時には、全身麻酔の提案をしています。

もちろん、全身麻酔でやれば、最大に口を開けた状態で時間が長くかかったとしても、ぴくとも動きませんし痛いとも言いませんから、より安全に、より確実に、抜歯ができます。

僕は基本的に断るということをしない性分なので、「注射の麻酔でやってくれ」と希望されれば注射の麻酔でしますが、途中で「なんでこんなに痛いんだ!」と怒られたことがあります。

だって、骨から感覚の神経の近くの歯を引っこ抜くわけですから、きっと痛いんじゃないかなあと思って、全身麻酔でやらないと痛いと思うと伝えたのに、「痛くてもいいから」っておっしゃったじゃないですか……。

とはいえ、痛みのコントロールが問題になることは多くなく、しっかり口を開けて、押したり引いたりしても首を座らせておいてくれて、「おえっ」とかならずにいてくれさえすれば、多くの場合は、注射の麻酔で抜歯できています。

痛みについては、「麻酔が効きにくい体質みたいです」と言う方のうち9割は、どうやら、そういうことは無いようです。前に歯を抜いた時に麻酔が効きにくかったとおっしゃる方もいらっしゃいますが、たいていの場合、前の時は急性炎症があったのか、極度に緊張していて局所麻酔の効果が出にくい状態だったのか、もしくは、先生の局所麻酔が下手だったのかのいずれかで、体質の問題ではない場合が多いようです。

「まずは普通に麻酔してみて、足りなかったら追加しますからね」という話で進めてみて、もちろん、途中で麻酔を追加することはしばしばありますが、本当にいくら麻酔を打っても効かなくて困ったことは、5年から10年に1人しかいないと思います。

記憶にあるのは、恰幅のいい欧州の白人の方で、欧州の為替を見ながら株取引をしているというトレーダーの方。毎晩、ワインを数本飲みながら、昼夜逆転して株トレードをして、酒が抜けているかいないかくらいで病院に来ていましたが、どうにも局所麻酔では痛みがとれず、仕切りなおして静脈麻酔で対応しました。欧米人は日本人より歯の根が長いことなども、関係しているのかもしれませんが。

逆に、とても論理的で、記憶に残っている方もいます。某名門私立大学の理系の教授で、親知らずがべったりと神経に触れていました。局所麻酔だけでは痛みのコントロールはしきれないと思うことを説明しましたが、「私が痛みに耐えさえすればいいんですよね?」とおっしゃり、こちらも興味深いので、注射の麻酔でやってみました。

歯を抜こうと歯を揺らしてるときにニヤニヤするから、「やっぱり痛いですか?」と聞いたら、「もう、先生が歯を押すと、ビリビリ!ってきますね!これが神経ですね!」と、なんだか楽しそうで、「いや~、ほんとに痛かった~!」と言いながら帰って行かれました。

翌週に抜糸に来たときには「大丈夫です!」とおっしゃるので、「え?あんなにビリビリするとか言っていたのに、感覚おかしくないんですか?」とびっくりして聞いたら、「え?感覚も悪いし、ビリビリしっぱなしですけど、予定通りですよね?」とびっくりし返してきて、一本とられました。

知覚のおかしさに対しては、神経細胞が治るときに必要なビタミンB12のお薬を処方することが多いのですが(保険適用です)、明らかなエビデンスはなく「出しても悪くないです」程度のガイドラインになっています(治るための最大の因子は「時間」です)。説明し、「今後は時間経過とともに良くなってくるはずなので、少し経過を見ていきますが、薬も飲んでみますか?」と尋ねました。すると、「エビデンスのない薬は要りませんし、時間経過が治癒に最大の因子ならば経過は見ても見なくても変わらないですよね?」と。

まったくもっておっしゃるとおりですので、いちおう、「3か月くらいでだいぶ良くなり、最大2年まで変化するというデータがあります。もし、3か月経ってもまだだいぶひどかったら連絡してください」とお願いしましたが、その後いっさい連絡はなかったので、少なくとも困らない程度には治ったのでしょう。

ということで、注射の麻酔でできるかどうかは、抜歯の難易度やリスクの大きさとともに、痛みに耐えられるか(もしくは痛みを楽しめるか(笑))が、判断基準となっています。

著者中久木康一

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野非常勤講師

略歴
  • 1998年、東京医科歯科大学卒業。
  • 2002年、同大学院歯学研究科修了。
  • 以降、病院口腔外科や大学形成外科で研修。
  • 2009年、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野助教
  • 2021年から現職。

学生時代に休学して渡米、大学院時代にはスリランカへ短期留学。
災害歯科保健の第一人者として全国各地での災害歯科研修会の講師を務める他、野宿生活者、
在日外国人や障がい者など「医療におけるマイノリティ」への支援をボランティアで行っている。
著書に『繋ぐ~災害歯科保健医療対応への執念(分担執筆)』(クインテッセンス出版刊)がある。

中久木康一

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