歯肉退縮は加齢現象、つまり年齢と共に歯肉ラインは若干は退縮するものと、四半世紀以上前の学生時代に習った記憶があります。しかし、古い知識は覆って当たり前。髪の毛の生え際が年齢と共に後退するように、本当に歯肉も自然に退縮していくものなのでしょうか。自分自身の歯肉はというと、その昔の学生時代から退縮しているようには見えず、もっと言えば、御年80歳の大先輩でも歯肉が20代の若者かと見間違えるような歯肉レベルに保たれている方もいらっしゃいます。

調べた結論から言うと、やはりこの古い知識は拭われているようで、加齢自体が歯肉退縮の原因としてはみなされていません。疫学的には確かに高齢者の方が若い人たちの方が歯肉レベルは下がっているのですが、それで因果関係は導かれないのです。退縮した歯肉組織は戻ることがないために、過去に強過ぎるブラッシングや歯周病による歯肉退縮があった場合、現在の歯肉レベルは、年齢と共に蓄積された歯肉退縮の結果を示すからです。つまり、歯肉退縮の原因を除去しておけば、歯肉退縮はいくつになっても生じない可能性があります。

Jati, A.S., Furquim, L.Z. and Consolaro, A., 2016. Gingival recession: its causes and types, and the importance of orthodontic treatment. Dental press journal of orthodontics, 21, pp.18-29.

Patel, M., Nixon, P.J. and Chan, M.Y., 2011. Gingival recession: Part 1. Aetiology and non-surgical management. British dental journal, 211(6), pp.251-254.


となると、歯科医療では口腔疾患の予防にプラスして、歯肉退縮を防ぐことも考慮にいれてほしいものです。歯肉退縮は、根面齲蝕のリスクを高め、審美障害も引き起こします。特に、予防歯科においては、口腔衛生を強調し過ぎて、無駄に歯肉を退縮させてしまわないように！

下に紹介する論文の Fig 3 を見てください。

Atieh, M.A. and Leichter, J., 2016. The Octagon Model: a clinical tool for assessing marginal tissue recession. Int J Esthet Dent, 11(1), pp.98-109.
http://www.quintpub.com/userhome/ejed/ejed_11_1_atieh_p98.pdf

口腔衛生は大変良好ですが、行き過ぎたブラッシングのために、歯肉縁がロール状に退縮してしまっています。頬側歯槽骨幅の薄い犬歯の歯根は大きく露出し、笑うとドラキュラのように見えることでしょう。予防歯科に通う患者さんがこのようにならないように、生涯自分の歯と歯肉の組織を健康に維持することを、是非、予防歯科の大目標にしてください。

しかし、これは非常に難しい課題です。
早くも1990年代に、予防歯科に関するシンポジウムで歯の磨き過ぎの弊害と、その習慣の修正が難しいことが指摘されています。

“熊谷… 磨きすぎは、歯を減らしたり歯ぐきをやせさせたりします。一度磨きすぎる快感を覚えると、例えばおふろに入って体をタワシでこする感覚を覚えてしまうと、普通のタオル
では洗った気がしないというような状況もあって（笑）、本当に直らない。…”

ダグラス・ブラッタール、熊谷 崇、枡元ますみ、上野千鶴子、大熊由紀子。平成患者学 いのち長き 時代に 虫歯は治療から予防へ 口の中の危険度知ろう。 朝日新聞、 1997年4月28日。


歯磨きはすれば良いというものではなく、かといってしなさ過ぎてもいけませんので、やじろべえのような微妙なバランスの上を、患者さんが落っこちずに歩き続けられるように、定期的な歯科メインテナンスに通っていただく意義はここにもあります。