モンゴル遊牧民の被蓋が浅い理由。 それは大きな口を開け,骨付きの肉を前歯で引きちぎって食べていた。(図1) 皿に盛りつけた肉を上品にナイフとフォークを使って食べるのではない。 そもそもナイフは,家畜を殺し,皮を剥ぎ大きく切断するためのものだ。(図2) 前歯は,ナイフや包丁の代わりの役目をすることがわかる。 ヒトに前歯と臼歯があるのは,まず前歯で食物を咬みきり,臼歯で咀嚼するという意味なのだろう。(図3) 日本の縄文人は切端咬合が多く,弥生人はやや被蓋が浅い。 これも民族的な差だけではなく,縄文人は狩猟生活が多かったためかもしれぬ。(図4) 一方,現代の小児の弁当箱には,食べやすい様に一口おにぎり・一口ウインナ-など前歯を使わないで,いきなり臼歯を使うものばかりである。 これが過蓋咬合の増加した原因の一つではなかろうか。 親の小さな親切が,小児の発達にとって大きなお世話なのだ。 余談であるが,モンゴルは乾燥地なので野菜や穀類が取れない。 遊牧民は,野菜や草は,四足動物が食べるものという。(図5) 栄養的に問題ありそうだが,彼らは健康そのものである。 なぜだろう? 日本では特定の部分の肉だけ食べ,内臓は捨てる。 しかし,遊牧民は家畜の頭から尻尾の先まで,一つの生命体すべてを食べる。 必要な,ビタミンやミネラルは血液に含まれるのだ。(図6) 一つの命を丸ごと食べるから,必要な栄養はすべて満たされる。 これをマクロビオテックの分野では,“一物全体食”というらしい。 まさに遊牧民の生きる知恵といえる。 しかし・・・である。 よく考えれば,日本でも“一物全体食”があるではないか! そう! イリコなどの小魚だ。 日本では強い歯を作るために,カルシウムが多く含まれる小魚を食べなさいという。 しかし,これは完全栄養食の小魚に失礼なのかもしれぬ。 ちなみに,日本ではヒツジよりウシの肉のほうが好まれるが,モンゴルではヒツジのほうが高級である。 面白いことに栄養の“養”は“羊を食べる”と書く。 また“美しい”は“羊が大きい”であるし,正義の“義”も“羊に我”と書く。 “羊頭狗肉”(羊の頭を掲げて狗の肉を売る)も“牛頭狗肉”とは書かない。 これらの字のルーツは,中国北部やモンゴルにあるのかもしれぬ。
著者岡崎 好秀
前 岡山大学病院 小児歯科講師
国立モンゴル医科大学 客員教授
略歴
- 1978年 愛知学院大学歯学部 卒業 大阪大学小児歯科 入局
- 1984年 岡山大学小児歯科 講師専門:小児歯科・障害児歯科・健康教育
- 日本小児歯科学会:指導医
- 日本障害者歯科学会:認定医 評議員
- 日本口腔衛生学会:認定医,他
歯科豆知識
「Dr.オカザキのまるごと歯学」では、様々な角度から、歯学についてお話しします。
人が噛む効果について、また動物と食物の関係、治療の組立て、食べることと命について。
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