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むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:絶滅危惧種

むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:絶滅危惧種
むし歯の少ない町の歯科医師の日常 シーズン2:絶滅危惧種
木々や鳥、昆虫たちの姿や行動は、季節の流れを教えてくれる。ところが、特に数年前からは、その結びつきにズレを認める光景に遭遇することが多くなり、気候変動の影響を強く実感するようになった。

日常生活の中で見慣れない植物や動物に出会うとしばらく立ち止まり、スマホを片手に観察を続けてしまう。得意分野であれば、興味を示しそうな友人や知人にも見せたくなり、見栄えの良い写真を選びメールで送ることが多い。知識が足りない分野では、必ず詳しい人を選び写真を送って尋ねることにしている。そしてその際写真の下には、「珍しいでしょうか?」「もしかして絶滅危惧種ですか?」という言葉を付け足すのだ。しかし教えられた「種名」の下には、「普通種」と添えられている確率は十割に近い。そして生物学的には、ある環境下にそれにふさわしい植物や生物が生息していること自体が重要なのだと教えられる。そのたびに、身の回りに生存する多種の動植物の存在に気づかずに生きてきたことを再認識するのだ。

私は「絶滅危惧種」という言葉を使い、意識をする機会がかなり多いと思う。しかも世間の人々が、この言葉自体が生物学的にどのように使用されているのかさえ知らないことは、経験上十分理解している。

環境省は、日本に生息または生育する野生生物について、生物学的観点から種の絶滅の危険度を評価して絶滅のおそれのある種を選定し、植物や動物の分類群ごとにリストにまとめたレッドリスト(レッドデータブック)を作成している。その中では、絶滅のおそれのある種のカテゴリーを、「絶滅」「野生絶滅」「絶滅危惧種(絶滅のおそれのある種)」「準絶滅危惧種」とランク付けしながら、おおむね5年ごとに全体的な見直しが行われている。

いちばん新しいレッドリスト2020(令和2年)によると、環境省が絶滅危惧種と評価した種は3,772種となっている。世界中はもちろん日本でも、以前からその地域に生息していた野生生物は、種類も数も減り続けているのだ。そのことを知れば、道端に見つけた小さな虫や、足元の目立たない花に足を止めてしまう私の気持ちも少しは理解できると思う。

どんな場面でも、「絶滅危惧」という言葉には敏感に反応してしまう。数年前、本屋に入ると「絶滅危惧職種図鑑」という本が目に飛び込んできた。すぐに手に取りパラパラとめくってみると、その中の絶滅危惧の専門的職種の章には、宇宙飛行士、弁護士、大学教授、薬剤師、そして歯科技工士までも含まれていて、解説を読みながら違和感を覚えた記憶がある。職業の絶滅理由としてAIの発達、道具の進化、生活環境の変化などを挙げていたが、いずれも生活には欠かせない大切な仕事である。

そして今、机の上では『日本の絶滅危惧植物図鑑』に『絶滅危惧動作図鑑』と『昭和の消えた仕事図鑑』が重ねられている。前者は「体温計をふる」「テレビをたたく」「うさぎ跳び」「CDを入れる」など、絶滅の危機に瀕している動作からもうすぐ消えてしまいそうな動作100種が解説されている。たわいない内容に時代の流れを感じはするが、それを保護したいというものでもない。一方後者は、考える機会と時間を与えてくれた。消えてしまった昭和の仕事を振り返ってみると、効率化だけを追い求めようとする現代社会の冷たさを感じる。そしてこれからAIが進歩すれば、人はどのように働き、仕事の存在価値を求めるのだろうかと考え込んでしまった。将来のために伝承しなければならない技術や知識をもった「絶滅危惧種」の仕事は、けっしてなくしてはならないと断言できる。

先日、う蝕予防のための公衆衛生的方策について詳説するオンラインセミナーに参加した。講師のひとりは、YouTuberでもある若手歯科医師で、軽快な口調で米国の水道水フロリデーションについて解説を加えていた。周りを見渡すと、公衆衛生的方策の必要性や効果を十分に理解し、そのために地道に活動を続ける歯科医師たちは、貴重な「絶滅危惧種」というべき存在だと思う。強い公衆衛生マインドをもつ歯科医師、それは日本においては「絶滅危惧種」だが、米国では「普通種」であるらしい。さて、それを患者さんにどう説明しようか。

著者浪越建男

浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医

略歴
  • 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
  • 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
  • 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
  • 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
  • 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
  • 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
  • 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
  • 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
  • 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
  • 浪越歯科医院ホームページ
    https://www.namikoshi.jp/
浪越建男

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