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口腔外科診療のエビデンスを考える 第5回:口腔がん-その2-

口腔外科診療のエビデンスを考える 第5回:口腔がん-その2-
口腔外科診療のエビデンスを考える 第5回:口腔がん-その2-
前回、口腔がんの術前治療についてふれた。診療ガイドラインにおいて、咽喉頭がんなど他の頭頸部がんと異なり、口腔がんについては切除可能であれば切除を行い、術後病理診断で原発巣切除断端陽性(がん細胞が残存)や転移リンパ節の節外浸潤(リンパ節の被膜を破って浸潤)などの再発高リスク因子が認められた場合は、術後に放射線と高用量のシスプラチンを併用した化学放射線療法を行うことが標準治療とされている。また、病理組織学的に神経周囲浸潤などの中等度再発リスク因子があった場合は、術後放射線単独の療法を行うとされている。

しかしながら、手術の前に化学療法や放射線療法などの術前治療を行うことが比較的多くの施設で行われていた。これは、原発巣を縮小させて後続治療である手術を容易にすることで局所制御率を上げ、腫瘍サイズの減少が縮小手術の可能性を期待させることから、口腔機能温存につながるとも考えられ取り入れられているものである。なかには、切除してみると病理組織学的に腫瘍そのものが消え去っていた症例や、著明な腫瘍サイズの縮小により切除範囲が縮小されるような症例を経験することがある。

この印象が強いためか、多くの臨床医は広く術前療法を取り入れるようになった時期があった。しかしながら、全生存率(がんそのものにより、亡くなることとそれ以外の死因も含めた生存率)の改善を統計学的に有意に証明した報告はなく、さらに局所制御率(原発巣の再発率)に関しても明らかに改善したという報告は出なかった。これを受けて、先の診療ガイドラインでは、「口腔がんにおいて、術前治療を行わないことを弱く推奨する」というようになっている。さらにわれわれは、術前療法を行った方が、切除断端が近接して切除される場合が少なからず存在し、これが局所制御率ひいては生存率の改善につながっていないのではないかということを報告した1。

なぜであろうか? われわれは、術前治療を行うと浸潤最先端部が不明瞭となり、臨床における腫瘍深部は触診あるいは術前画像診断を頼りに切除されることから、深部断端が近接して切除され、局所再発につながるのではないかと考えた(図1)。一方、表層断端は術前治療の前にマーキングを行うことや術中にヨード生体染色を行うことなどにより、あまり近接して切除される危険性は少ないとも考えた。



図1 術前治療の影響。術前治療を行うと浸潤最先端部が不明瞭となり、臨床における腫瘍深部は触診あるいは術前画像診断を頼りに切除されることから、深部断端が近接して切除され、局所再発につながる可能性がある。

しかしこれも証明された病態ではなく、あくまで推測の域を出ないこともたしかである。そこで、近接して切除された腫瘍断端には、術前治療に低感受性であった腫瘍細胞が残存し、これが再発につながったのではないかという仮説を立てた。この低感受性である腫瘍細胞の性質について検索を行ったところ、がん幹細胞の性質をもっていることが明らかとなった2。つまりこのがん幹細胞の性質をもつ腫瘍細胞は術前治療に治療抵抗性を示し、局所再発につながっていると考えた。

このような考えについても、多くの研究で明らかにされたものではなく、残念ながらエビデンスレベルという話になるときわめて低いと言わざるを得ない。最近では、新たな薬物療法として分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が登場し、また術前治療に用いられている報告も散見され、今後はまた再び術前治療が取り入れられる時代が来るかもしれない。だがここでわれわれ臨床医が気を付けておかなければならないことは、しっかりとしたエビデンスの検証が行われたうえで、実臨床に取り入れることが重要である。それがなされてこそ、広く国民に受け入れられる真の新しい医療となるであろう。


参考文献
1.Yanamoto S, Yamada S, Takahashi H, Yoshitomi I, Kawasaki G, Ikeda H, Minamizato T, Shiraishi T, Fujita S, Ikeda T, Asahina I, Umeda M. Clinicopathological risk factors for local recurrence in oral squamous cell carcinoma. Int J Oral Maxillofac Surg. 2012 Oct;41(10):1195-200.

著者柳本 惣市

広島大学大学院医系科学研究科口腔腫瘍制御学・教授

略歴
  • 1996年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1996年6月、長崎大学歯学部附属病院第一口腔外科・研修医
  • 1998年4月、長崎大学歯学部附属病院第一口腔外科・医員
  • 1999年4月、長崎大学歯学部第一口腔外科・助手
  • 2006年4月、長崎大学病院・講師
  • 2022年1月、広島大学大学院医系科学研究科口腔腫瘍制御学・教授
  • 現在に至る

【資格】
日本口腔外科学会認定「口腔外科専門医・指導医」 日本がん治療認定医機構「がん治療認定医(歯科口腔外科)」 日本口腔腫瘍学会認定「口腔がん専門医・指導医」 日本口腔インプラント学会認定「口腔インプラント専門医」 日本睡眠歯科学会認定「認定医・指導医」

柳本 惣市

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