医療の分野において、「エビデンスに基づいた医療」という言葉が使い始められてから久しいが、筆者自身この言葉を完全に理解しているとはいいがたい。最近では、口腔外科診療をはじめさまざまな歯科診療における診療ガイドラインや治療指針などが示されるようになり、日常診療でのバイブルと位置づけられるようになった。 診療ガイドラインの作成方法については、公益社団法人日本医療機能評価機構がEBM普及推進事業(Minds)として「診療ガイドライン作成マニュアル」にまとめている。筆者も口腔外科関連学会におけるガイドライン作成に携わる機会も増え、否が応でも手順に従った作業ともいうべきプロセスを理解せざるを得なくなってきた。これまで多くの臨床研究論文に携わってきたが、なんだかわけが違うと感じつつ、論文を書くことと論文を読む(評価する)ことはそれぞれ異なるものだと考えるようになった。 当然ながら、エビデンスはどこから得られるかというと学術論文である。その学術論文のうち、とりわけ臨床研究の論文を検索・収集し、評価・統合する一連のプロセスがシステマティックレビューであるが、これに採用される論文は研究デザイン、研究対象、介入方法、アウトカム、統計・解析方法などを考慮して採用の是非が決定される。 経験してみてわかることは、ことごとく採用される臨床論文は欧米、中国あるいはインドからのものが大半を占め、われわれの論文が採用されることは少ない。なぜであろうか? 日本の臨床事情に即したガイドラインにするべきなのに、日本からの論文が採用されないことには違和感がある。 システマティックレビューに採用される多くの論文は、十分なサンプル数、具体的には統計学的に十分なパワーを持ったサンプル数を有した無作為化(ランダム化)比較試験(RCT)が優先される。つまりもっとも根拠の質の高い論文としてRCTを中心にシステマティックレビューに採用され、観察研究ではさまざまなバイアス(選択バイアス、実行バイアス、検出バイアスなど:ここでは詳細にはふれない)によってリスクが評価され、エビデンスの確実性が判定される。最近では、観察研究であっても質の高い論文をシステマティックレビューに組み込む手法も取り入れられてはいるが、基本的には、RCTのメタアナリシス(統合解析)を頂点としたエビデンスヒエラルキー(図1)が当てはまる研究デザイン中心主義によりエビデンスは構築されているのが現状であろう。 図1 RCTのメタアナリシス(統合解析)を頂点としたエビデンスヒエラルキー。 つまり、このRCTをより多く生み出すことが、ガイドラインの作成に寄与する研究成果といえる。しかしながら、このRCTを行うことはたいへんで、特に前述した統計学的に十分なパワーをもったサンプル数を確保することに苦労する。歯科では、う蝕あるいは歯周病といったCommon disease以外、とくに口腔外科疾患はそのほとんどが希少疾患であることや、日本では皆保険制度のためかRCTへの参加希望者が集まりにくいなどの環境が影響しているかもしれない。 このような環境下で、われわれはエビデンスの質の高い研究成果をあげるにはどのような方略が必要となってくるのであろうか? 今コラムを含めて6回のコラムを執筆する機会をいただいたので、次回より具体的な口腔外科疾患を取り上げながらそれぞれのエビデンスについて考えてみたい。ちなみに、Mindsの診療ガイドライン作成マニュアルに沿ったエビデンスとは違った側面から述べさせていただくので、この点について読者の方々にはご容赦いただきたい。
著者柳本 惣市
広島大学大学院医系科学研究科口腔腫瘍制御学・教授
略歴
- 1996年3月、長崎大学歯学部卒業
- 1996年6月、長崎大学歯学部附属病院第一口腔外科・研修医
- 1998年4月、長崎大学歯学部附属病院第一口腔外科・医員
- 1999年4月、長崎大学歯学部第一口腔外科・助手
- 2006年4月、長崎大学病院・講師
- 2022年1月、広島大学大学院医系科学研究科口腔腫瘍制御学・教授
- 現在に至る
【資格】
日本口腔外科学会認定「口腔外科専門医・指導医」
日本がん治療認定医機構「がん治療認定医(歯科口腔外科)」
日本口腔腫瘍学会認定「口腔がん専門医・指導医」
日本口腔インプラント学会認定「口腔インプラント専門医」
日本睡眠歯科学会認定「認定医・指導医」