TOP>臨床情報>口腔外科診療のエビデンスを考える 第2回:薬剤関連顎骨壊死-その1-

臨床情報

口腔外科診療のエビデンスを考える 第2回:薬剤関連顎骨壊死-その1-

口腔外科診療のエビデンスを考える 第2回:薬剤関連顎骨壊死-その1-
口腔外科診療のエビデンスを考える 第2回:薬剤関連顎骨壊死-その1-
薬剤関連顎骨壊死はMedication-Related Osteonecrosis of the Jaw、略してMRONJとよばれる。ビスホスホネート(Bisphosphonate)製剤のBをとってBRONJや骨吸収抑制薬(Anti-resorptive agent)のAをとってARONJとよばれたりもするが、現在はビスホスホネートや骨吸収抑制薬以外のさまざまな薬剤が登場し、それらによって生じる顎骨壊死もみられるようになり、総じてMRONJとよばれることが一般的になっている。

MRONJは、骨粗鬆症の骨折予防、固形がんの骨転移・多発性骨髄腫にともなう骨関連事象の治療に用いられる骨吸収抑制薬(ビスホスホネートやデノスマブなど)の投与時にみられる重篤な副作用の1つであり、多くの場合、口腔内に骨露出が出現し、進展すると皮膚瘻孔や顎骨周囲の蜂窩織炎、あるいは敗血症の原因となることもある。いったん生じると、QOLが著しく低下することも多いといった疾患である(図1)。

図1 MRONJの進行が認められる症例のパノラマX線写真。

特に、がん治療に対して用いられる高用量ビスホスホネートと高用量デノスマブで発症頻度が高くなる。骨粗鬆症に対して用いられる低用量ビスホスホネートには、週に1回経口投与するボナロンやフォサマックなどがあり、月に1回静脈注射するボンビバ、年に1回点滴静脈注射するリクラストなどがある。低用量デノスマブには半年に1回皮下注射するプラリアがある。がんの骨転移や多発性骨髄腫に用いられる高用量ビスホスホネートには月1回点滴静脈注射するゾメタ、高用量デノスマブには月1回皮下注射するランマークがある。

MRONJの治療・予防指針として、本邦では日本口腔外科学会など関連医科歯科学会が作成したポジションペーパー2016年版がある。ポジションペーパーとは、十分なエビデンスがまだ確立していない疾患について、専門家が一定の方法について提案するといったもので、実際、MRONJのポジションペーパーの最後のページには、「本ポジションペーパーで述べた提唱はこれまでに集積した報告から得られた情報を顎骨壊死検討委員会が分析、討議、解釈した見解に基づくものであり、いずれの提唱も医学的エビデンスに裏づけされたものではないことを改めて強調しておきたい」と書かれている。

つまり、ポジションペーパーとは前回述べたような診療ガイドラインとは異なり、いくつかのRCTあるいは質の高い論文をもとに統合解析されたシステマティックレビューを行っていない、あるいは行うことができなかったためエビデンスレベルはきわめて低い(あるいはない)と言わざるを得ない。

MRONJポジションペーパー2016年版があるが、まもなくMRONJポジションペーパー2022年版がお披露目となると聞き及んでいるが、現在までは2016年度版が参考とされているのが現状であろう。そこには、まず治療の基本指針として疾患の治癒ではなく、骨壊死領域の進展防止や症状の緩和が治療の目的であると記載されている。

その具体的な治療法としては、抗菌性洗口剤と抗菌薬の併用などの保存療法が第一選択治療の位置づけであり、保存療法で経過不良の場合、外科療法を検討することが記載されている。さらにMRONJ発症時には骨吸収抑制薬は休薬が望ましいこと、抜歯時には骨粗鬆症患者では4年以上の投与あるいは糖尿病やステロイドなどのリスク因子を有する場合は2か月前後の休薬を検討すること、がん患者の抜歯はできるだけ避けることなどが推奨されている。

最近の口腔外科の実臨床において、早期に外科的に壊死骨を除去することによってMRONJを治癒に導くことができることや、全身性がんの治療において骨吸収抑制薬が必要な状況下においては、その休薬を必要としないことなどが報告されるようになり、MRONJポジションペーパー2016年版の治療の基本方針とは趣が変わりつつある。

今回、発表される2022年版では、はたしてシステマティックレビューはできているのであろうか? 採用されるRCTはないかもしれないが、質の高い観察研究を組み込んだ統合解析はなされているであろうか? 治療の基本方針はどのように記載されているのであろうか? 非常に興味をもっているところである。

著者柳本 惣市

広島大学大学院医系科学研究科口腔腫瘍制御学・教授

略歴
  • 1996年3月、長崎大学歯学部卒業
  • 1996年6月、長崎大学歯学部附属病院第一口腔外科・研修医
  • 1998年4月、長崎大学歯学部附属病院第一口腔外科・医員
  • 1999年4月、長崎大学歯学部第一口腔外科・助手
  • 2006年4月、長崎大学病院・講師
  • 2022年1月、広島大学大学院医系科学研究科口腔腫瘍制御学・教授
  • 現在に至る

【資格】
日本口腔外科学会認定「口腔外科専門医・指導医」 日本がん治療認定医機構「がん治療認定医(歯科口腔外科)」 日本口腔腫瘍学会認定「口腔がん専門医・指導医」 日本口腔インプラント学会認定「口腔インプラント専門医」 日本睡眠歯科学会認定「認定医・指導医」

柳本 惣市

tags

関連記事