PART2 --「プレ MFT」を導入した目的や内容を教えてください 中野:お口ポカン、口呼吸、かたいものを噛むのが苦手、咀嚼が少ない、発音が不明瞭など、口腔機能の発達と関わりのある問題を解決するため、口の機能を高めるプレMFT(全6回・期間 6か月)を導入しました。 現場では歯科衛生士と助手が中心となり、口唇閉鎖力と舌圧を測って口腔周囲筋の調和を整えるトレーニングや、指しゃぶり・歯ぎしりなどの習癖指導、食べる機能に必要な舌の挙上、正しい嚥下、鼻呼吸の練習などを行っています。また、障がいのある小児では発育過程と発育環境に応じた摂食・嚥下機能療法をプレ MFTとは別に行っています。 --「プレ MFT」を担当されている歯科衛生士の橋本さんに伺います。実際にはどんなトレーニングを、どの程度行っているのですか。その際、大切にしていることなどはありますか 橋本:よく噛んでしっかり栄養を摂ること、口を閉じて鼻呼吸ができることを目指して、正しい呼吸方法や飲み方(嚥下)・噛み方(咀嚼)、口唇の動かし方などのトレーニングを、子どもと保護者、担当の歯科衛生士・助手で月1回、6か月間行っています。大切なのは、子どもたちが自主的に楽しくトレーニングを行い、保護者が子どもの口の機能変化に気づくこと。一度ついた癖を直すにはトライ&エラーが必要で時間がかかるものですし、発達のスピードも一人ひとり違うので、それぞれに合ったアプローチ方法を取りながらトレーニングを進めています。摂食嚥下についての質問を受けることも多いので、先生の指導を録画し、必要に応じてそれを確認しながら、正しい回答・指導を行うことを意識しています。「プレ MFT」の様子。歯科衛生士と助手が中心となり、口唇閉鎖力と舌圧を測って舌圧を鍛えるトレーニングのほか、指しゃぶりなどの習癖指導、食べる機能を促す摂食機能訓練を行う。 -- お子さんや保護者の方々の反応はいかがでしょうか 橋本:トレーニングを終えた保護者からは、「言葉が聞き取りやすくなった」、「よだれがなくなった」、「ろうそくの火を吹き消すことができるようになった」、などというお声をよくいただきます。子どもたちからも「歯医者さんに来てトレーニングすることが楽しい」と感想を聞いています。ここで学んだことを毎日の習慣にしてもらえるように、こちらも引き続きしっかりと働きかけていくつもりです。 -- 次に「ORT 小児矯正」について伺います。まず、「ORT小児矯正」とは、どんな治療法なのでしょうか 中野:「ORT(Oral Root Therapy)小児矯正」とは、乳歯から永久歯への生え変わりの時期(6〜8 歳)に行う、原因から考える予防矯正を意味しています。この治療では、歯列不正の原因となる器質的な舌小帯短縮症やアレルギーに代表される鼻閉に対応しつつ、口腔筋機能療法を併用しながら顎の成長を促して永久歯が生えるスペースを確保します。実際の診療では、呼吸方法や鼻閉の有無の確認、舌小帯の状態、口蓋形態や成長方向などの指標を計測した上で、歯並びが悪くなる原因そのものにアプローチして改善を図ります。同時に、指しゃぶりや口呼吸など、歯並びを悪くする習癖の改善もサポートしていきます。アレルギーなどによる鼻閉(根本原因)があると口呼吸(代償性原因)を引き起こし、口呼吸を継続すると、結果として不正咬合(結果的原因)を招きます。ですから、不正咬合を治療する際には、根本原因、代償性原因を診察・診断し、状況によっては医科と連携してアプローチしていくことが大切です。 -- 「ORT 小児矯正」のトレーニングも橋本さんが担当されていると伺いました。トレーニングの内容や頻度、やりがいや苦労について教えてください 橋本:最初の3か月は週1回、その後は月1回のペースでレッスンを設定し、トレーニング方法を指導しています。そのトレーニングを自宅で継続してもらい、次回来院時に成果をチェック、合格したら次のステップに進むという流れで行います。ORT 小児矯正の対象年齢は6〜8歳ですから、トレーニングには保護者の協力が不可欠で、その際の約束ごとなどもあるので、スムーズに進まないことも多いのですが、口腔にとって良くない習癖が残っていると、歯並びが整った後に後戻りする可能性もあるので、粘り強く伝え続けるしかありません。それでも、口腔筋機能の調和から、保護者が感じられるような発音の改善が見られた時など、日常生活での顕著な変化を目の当たりにするとやりがいを感じますし、「子どもってこんなにすぐ変われるんだ!」と感動します。
「ORT 小児矯正」の様子。口腔機能は訓練によって改善することを伝え、子どもたちに「歯医者さんに来てトレーニングすることが楽しい」と感じながら、ここで学んだことを毎日の習慣にしてもらうことが大切と考えている。 -- 最近導入されたという「身体調和法」、「Shiseiアカデミー」とはどのようなものでしょうか 中野:乳児や低年齢の幼児には歌に合わせた体操やマッサージを通して、子どもの筋肉や関節の緊張を緩め、体の左右差をなくし、重心を体の中心に持たせることで動きやすい体をつくり、脳の発達を促すという身体調和の考えを取り入れ、子どもの発育を支援しています。 2024年6月には、5〜8歳の子どもを対象とする「Shiseiアカデミー」を開講しました。子どもの体の発達や遊びに精通した保育士が中心となって、体を動かすために必要な筋⾁と関節、正しい姿勢、正しい呼吸を身につける全身運動のトレーニングを週1回、1年間継続します。 -- 小児在宅歯科診療はどのような方を対象にされているのでしょうか 中野:歯科衛生士による口腔ケアがメインで、障がいのある患者さんなど、通院が困難であると判断した場合に小児在宅歯科診療を案内しています。その周知方法については、愛知県と豊橋市の歯科医師会と連携し、訪問歯科診療・小児在宅歯科診療が可能な医療機関として登録した上で、当院ホームページ上での紹介や、市内の福祉事業会にパンフレットを設置するなどを行っています。
小児在宅歯科診療に使用する自動車。中野理事長の似顔絵が描かれている。 -- 医科との連携やクリニック外での口腔保健支援などの活動状況についても教えてください 中野:医科との連携については、豊橋市民病院の開放型病床システムを利用し、多発性う蝕の全身麻酔下集中歯科治療を行っています。手術当日は当院から歯科医師、歯科衛生士、歯科助手が器材を持参して現地に赴き、オペ室での治療中の全身管理は麻酔科と専門医師が担当します。全身麻酔の対象患者は、家庭での⼝腔ケアができていること、う蝕の進行がコントロールされており活動性が低くなっていること、キャンセルしないなど、いくつかの条件を設定しており、担当⻭科衛⽣⼠、衛生士マネージャーと相談しながら選定します。 また、日本は先進国の中でも低出生体重児の生存率が高い国ですが、これら小児の出生後の摂食機能評価・支援について、小児科からの紹介を受けることも最近多くなっています。その他、いびきを不安に感じている保護者も多く存在しますので、睡眠クリニックとの連携も取っています。 クリニック外では、私が大学勤務時代から行っている乳児院での口腔保健支援を開業後も継続しています。里親の中には子育て経験のない人もいるので、育児の不安を聞いてアドバイスをすることもありますし、必要があれば講演なども行います。乳児院は0〜2歳の子どもが生活しており、年齢が低いほど食事の悩みの割合が高くなるため、院外での口腔保健支援もとても重要です。
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当院がスポンサーになっている運営団体が主催する「ハッピーすまいるピクニック」というイベントに参加。当イベントでは、ワークショップの一つとして、お子さんに白衣を着てもらい、歯の模型を使用したむし歯治療を体験してもらった。
さまざまな紆余曲折を経て、ようやく現在のスタイルに
-- クリニックに勤めるスタッフの教育はどのように行っていますか。また、クリニックをまとめるためにされている工夫や、使用されているツールはありますか 中野:歯科衛生士、助手の教育は、新人の指導・相談役として配置しているメンターが中心となって行っています。歯科衛生士は専門学校で知識と技術を学び、実習で実務も体験しているので、メンターを置かない歯科医院も多いようですが、当院では6か月間の研修期間を設け、実務だけでなく、医院のコンセプトや診療方針もしっかりと教育し、それらを浸透させることが大切と考えています。また、当院では院内他職種との連携も行っており、管理栄養士や保育士については、当院の特色や方向性、今後の展開を踏まえた上で、それぞれの希望やキャリアも十分に考慮しながら、当院に必要な人材を採用するというスタンスを取っています。 院内での情報共有については、SNSアプリを利用しています。診療マニュアルやルール、新しい機材、材料の導入など、業務上の連絡はすべてこのアプリで共有し、新聞や雑誌、ニュースなどの中に気になる記事や役立つ情報があれば、随時共有するようにしています。臨床において、私が日頃からスタッフに伝えているのは、保護者の意見に耳を傾け、適切なフィードバックに繋がるような企画やアイデアを常に考えてほしいということ。時代も社会もどんどん変わっていくものですから、自分の中にある肌感覚を大切にしながら、新しいアイデアを考えて続けてほしいと思っています。-- 今後の抱負についてお聞かせください 中野:当院では、院外の医科との連携だけでなく、医院の中でも他職種が連携し、さまざまな業務を進めています。今後はそれを医院主導ではなく、スタッフ一人ひとりが責任と主体性を持って課題を探し、連携し、解決し、その報告までできるような成熟した組織にブラッシュアップしていきたいと思っています。 そして、今後はさらに院外活動=地域との連携も充実させていけたらと考えています。1 歳 6か⽉児健診、3 歳児健診、学校⻭科保健、療育など、⾏政や福祉と当院がどう関わっていけるのか、これから具体策を考えていくつもりです。 -- 最後に、これから小児歯科を取り入れようとされている先生方にメッセージをお願いします 中野:臨床を行う際には、何よりもまず、基礎を大切にすること。う蝕と間食の関係、ブラッシングと歯肉炎、口腔機能と不正咬合など、歯科医師であれば当たり前に理解していることですが、それをどう患者さんに説明すれば関心を持ってもらえるか、今一度振り返って考えてほしいと思います。 今回、当院におけるさまざまな取り組みを紹介しましたが、いずれも最初からスムーズに進んだわけではなく、開業当初に開催した「オープンスクール」に至っては、実は参加者ゼロからのスタートでした。あきらめそうになりながらも何とか考え続け、やり方や人材を変えるなど、試行錯誤しながらシンプルな形にしてきたものばかりです。ですから、皆さんが当院の取り組みをそのまま自院に取り入れても、うまくいくとは限りません。子どもの発達と同じく、興味を持つ→やってみる→失敗する→それでも繰り返す→やがて良い結果が得られる、という流れを意識しながら、それぞれの小児歯科診療を展開していただければと思います。 インタビュイー 中野 崇(医療法人Bright Beans 豊橋キッズデンタルクリニック 理事長 )/ 橋本 莉奈(歯科衛生士)/ 望月 茜(管理栄養士・歯科助手) 口腔機能発達不全症に対する取り組みと定期的な来院に繋げる創意工夫 PART1 口腔機能発達不全症に対する取り組みと定期的な来院に繋げる創意工夫 PART2

著者中野 崇
医療法人Bright Beans
豊橋キッズデンタルクリニック 理事長
略歴
- 1995年 愛知学院大学歯学部卒業
- 1999年 愛知学院大学歯学部大学院歯学研究科修了
- 2001年 愛知学院大学小児歯科学講座講師(2014 年まで)
- 2002年 愛知学院大学在外研究員(英国 リーズ大学客員研究員 2003 年まで)
- 2014年 豊橋キッズデンタルクリニック開業
- 愛知学院大学歯学部小児歯科学講座非常勤講師
- 豊橋歯科衛生士専門学校講師
- 2022年 朝日大学非常勤教員
- 公益社団法人 日本小児歯科学会:専門医・指導医
- 一般社団法人 日本障害者歯科学会:認定医
- 新進気鋭の小児歯科医 小児歯科に架ける夢を語る, 東京臨床出版, 小児歯科臨床1月号, 2010.
- 小児歯科は成育医療へ, 重症齲蝕が全身に及ぼす影響, 全身疾患と歯質の耐齲蝕, デンタルダイヤモンド(東京), デンタルダイヤモンド春季増刊号, 2011.
- 子どもの歯に強くなる本, なぜ乳歯はう蝕になりやすいか, う蝕になりやすいのはどんな子, クインテッセンス出版(東京),2012
- 乳歯列期における外傷歯の診断と治療 第2版, 治療法の実際,クインテッセンス出版(東京), 2013
- 口唇口蓋裂 Q&A 140, 医歯薬出版(東京), 2015.
- 創造とその表現について, JSPP会員によるリレーエッセイ, 東京臨床出版(東京), 小児歯科臨床10月号, 2015.
- デンタルハイジーン別冊「子どもの対応まるわかりブック」医歯薬出版(東京)P.97,109,2017.
- 歯科医院スマート化ガイドブック 2nd」kira books(横浜)P.72-75.2017.
- 第56回日本小児歯科学会大会 自由集会「これからの咬合誘導を考える」過蓋咬合. 東京臨床出版(東京)小児歯科臨床11月号. 2018.
- 第57回日本小児歯科学会大会 ② 顔面の成長に焦点を当てたBiobloc療法を成長期に行う意義, 小児歯科臨床 2019年12月号, 東京臨床出版(東京)2019
- いつ、なにをやる?ライフステージで考える小児期の口腔管理, the Quintessence. Vol.41. クインテッセンス出版株式会社(東京)2022.
- 臨床の玉手匣(エクラン) 小児歯科編, Chapter 8-1:歯科で行う食育, デンタルダイヤモンド社(東京)2022.
書 籍(分 筆)
略歴
