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高齢者の齲蝕増加傾向についての解釈

高齢者の齲蝕増加傾向についての解釈
高齢者の齲蝕増加傾向についての解釈
「令和4年歯科疾患実態調査結果の概要」の図8「う歯を持つ者の割合の年次推移(永久歯:5 歳以上)」のグラフ(本稿の図1)を見ると、スウェーデンの最も有名な歯科疫学調査であるヨンショーピング研究のあるグラフ(本稿の図2)を彷彿とさせます。


<図1 「令和4年歯科疾患実態調査結果の概要」より「う歯を持つ者の割合の年次推移(永久歯:5 歳以上)」>



<図2 Norderyd ら 2015より「一人当たり平均DFTの変化」>


つまり、幼児から若年者にかけて、齲蝕の有病率や発症数がだんだんと減少し、高齢者ではだんだんと増加しているという傾向が両国で認められます(図3)。


<図3 Norderyd ら 2015より「一人当たり平均DFTの変化」の調査年ごとの傾向を黄色の矢印で示したもの>


ここから「小児の齲蝕は年々減少しているが、高齢者の齲蝕は年々増加している」と解釈しがちですが、よく見てみると、高齢者の齲蝕増加傾向についての解釈には注意が必要です。

齲歯は一度修復されるとその歯が抜けるまで、有病率も歯単位の発症数も「1」とカウントされます。そのため、齲歯や修復歯に、その後新たな齲蝕ができたのかを知ることはできません。つまり、若い時に齲蝕に罹患した歯や、修復された歯に高齢になってからの変化を掴むことは、歯単位の調査ではできないのです。

これらのグラフと別に存在する残存歯数の変化のデータから、はっきりと言えることは、高齢者で若い時に修復された齲歯が年々残存しているということです。ですから、昔に比べて年々高齢者のカリエスリスクが高くなっている(例えば、高齢者の食生活が昔に比べて変わってきている、唾液分泌率が昔に比べて減少しているなど)ということは言えません。

これらのグラフから分かる興味深い点は、どの年に生まれた人たちが修復中心の歯科医療の最たるグループにあるかということです。図3の黄色の矢印に注目してください。矢印が直線ではなく山型になっている年齢群がありますね。ヨンショーピングならば40歳、50歳、60歳の3つのグループ、日本ならば45〜54歳の年齢群です。今後、残存歯数が増える傾向にある中、この山の頂点にある人たち(日本ならば平成28年、つまり西暦2016年に45〜54歳なので1962〜1971年生まれの人たち)の寿命が尽きるまで、日本の歯科医師は高齢者の修復のやり直しやリペアに追われるだろうという未来像が伺えます。

スウェーデンでは、この山の頂点にある人たちは1933〜1943年生まれに当たります。今年2023年にヨンショーピング研究の最新データが発表されますので、山の頂点の次の世代(1953年生まれ)が高齢者(70歳群、80歳群)に入ることになり、高齢者に直線的な増加傾向ではなく、山型が見られる変化が出てくると大変興味深いです。日本のさらに30年後の未来予測ができることでしょう。


<参考文献>

厚生労働省. 令和4年歯科疾患実態調査結果の概要
https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/001112405.pdf

Norderyd, O., Koch, G., Papias, A., Anastassaki Köhler, A., Nydell Helkimo, A., Brahm, C.O., Lindmark, U., Lindfors, N., Mattsson, A., Rolander, B. and Ullbro, C., 2015. Oral health of individuals aged 3-80 years in Jönköping, Sweden during 40 years (1973-2013): II. Review of clinical and radiographic findings. Swedish Dental Journal, 39(2), pp.69-86.

著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

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