能登半島の大地震から20日余り、テレビニュースは、緊急時から避難所での生活に大きくシフトしてきた。 次のステージでは、災害関連死を少しでも防がねばならない。 さて東北大震災の約1か月後、大学からの派遣で岩手県の特別養護老人ホームに行った。 近隣の方々が避難されていたが、奥の大部屋では、ほぼ全員がベットで寝たきり状態であった。 しかも常に数名が、痰が絡み咳き込むなど、苦しい呼吸をしておられる。 おそらく御自身で、痰の排出が困難なのだろう。 歯科衛生士が口腔ケアをするが、数10分も経つと、再び苦しそうな呼吸に逆戻りとなる。 施設の職員は、震災前まで自力で食べていた方も大勢いるという。 たった1か月で、ここまで機能が低下することに驚いた。 オーラルフレイルが急速に進んだのである。 この様な状態の方々から、災害関連死となったのかもしれぬ。 筆者は小児歯科医で、このような現場は経験がなく、適切な方法がわからなかった。 そこでこれまで、その対策について考えてきた。 さて今、手元に1枚の写真がある。 某高齢者施設のものだが、口が乾燥し舌垢がこびりつき痛々しい状態だ。 これを見ると誤嚥性肺炎の予防のため、直ちに口腔ケアをしたいと思う。 さて筆者は、口腔ケアには“守り”と“攻め”の2つあると思う。 一つは、誤嚥性肺炎の予防のために行う“守りの口腔ケア”。 もう一つは 口腔ケアを通じて“well being”な状態にする“攻めの口腔ケア”。 では、“攻めの口腔ケア”とは、どのようなものだろう。 ここで実験してみよう。 椅子に座った状態で、口を閉じると,舌の先は口蓋の前方に当たる。 次に口を開けると、下の前歯の内側に触れる。 では上を向いて寝るとどうだろう? 口を閉じれば舌尖は口蓋に当たるが、開くと下顎の前歯に触れない。 その分、舌根が喉に落ち気道が狭くなり、十分な酸素が入らない。 すなわち、低酸素状態を起こしているはずである。 ヒトの脳は体重の2%だが、全酸素量の20%を費やしている。 脳の活動には、十分な酸素の供給が欠かせない。 そのため苦しくても、それを訴える力がないのかもしれぬ。 またそれ故、再び、私たちの住む世界に戻って来れない可能性がある。 さて、これは口腔ケアを開始前と2週間後。 口腔ケア開始前は、口腔は乾燥し多量の舌苔が付着している。 指示をしても、舌は前に出ず硬く動かない。 しかし2週間後は、舌は軟らかく前に出るようになった。 当然、気道が開き多量の酸素が体内に入るだろう。 しかも、舌が動けば、自力で痰も排出しやすいはずだ。 現在、多くの施設で誤嚥性肺炎の予防のため口腔ケアが行われている。 しかし、それは単に予防にとどまるだけでなく、楽な呼吸につながることがわかる。 まさに、これが“攻めの口腔ケア”であり、震災関連死の減少に欠かせない。 だからこそ、リスクの高い方から、一刻も早い口腔ケアの開始が望まれる。
著者岡崎 好秀
前 岡山大学病院 小児歯科講師
国立モンゴル医科大学 客員教授
略歴
- 1978年 愛知学院大学歯学部 卒業 大阪大学小児歯科 入局
- 1984年 岡山大学小児歯科 講師専門:小児歯科・障害児歯科・健康教育
- 日本小児歯科学会:指導医
- 日本障害者歯科学会:認定医 評議員
- 日本口腔衛生学会:認定医,他
歯科豆知識
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