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むし歯の少ない町の歯科医師の日常
第4回:地球の悲鳴 II

2020/2/12 デンタル〇〇デザイン

午前7時15分、医局前の窓が切り取る田園風景の中を、短い小学生の列が歩いている。ランドセルに柔らかな光を受けながら、手袋もマフラーもない身なりで歩く姿には、冬の朝の情調は感じられない。かつてない暖冬である。

年が明け2週間が過ぎた頃、大都市への出張が続くことになった。目的の駅々に降り立つものの、一向に冬らしい寒さに出会うこともなく、加えてこの季節には必需品であるコートが昼間は荷物になることさえあった。最後に行った街では寒の雨が降っていた。傘をさすものの、履き慣れた革靴の先端からじわじわと水が入り込んできた。歩くたびに水が靴下に染み込み、指先が水の中で擦れて音を立て始めた。ある程度の時間が経っても指先に冷えは感じず、その生暖かさに違和感を覚えるようになった。うつむいて黙って歩いていると、靴の中から聞こえる微かな音が、何か警告音を発しているようで不気味に感じられた。

寒さの訪れは椿の花を運んでくる。診療所の周りでは秋から冬、そして春先にかけ、さまざまな椿の花が美しさを引き継ぎながら咲き続ける。1月の出張が終わった翌週、診療所で椿を眺めていると、開花の遅れと葉の変色が心がかりとなった。根詰まりや肥料の影響かと、椿に関する蔵書も取り出し原因をあれこれ考えてはみるものの、これといった結論も出ない。さらに観察を続けると、鉢植えばかりでなく地植えの伸びやかな椿の葉も南向きの部分だけが変色を起こしている。椿の葉の色が黄色信号のように思えた。

それからしばらく椿の花々に見入っていると西空が夕日に染まり始め、その色がニュースで見たオーストラリアの森林火災を思い出させた。森林は人類や地球を守っている。樹木による光合成は、二酸化炭素を吸収するという大きな役割を担い、森林は吸収した二酸化炭素を炭素として溜めこむ貯蔵庫の役割をはたしている。大規模な森林火災、森林伐採をして木を燃やすことは、蓄積されていた炭素を二酸化炭素として放出させることになり温暖化につながっていくのである。今度は美しいはずの夕日が赤信号のように見え始めた。

最近身の回りの人々が、地球温暖化にどれくらい危機感をもっているだろうかと考えることが多い。診療所のミーティングで一度議題にしてみてはどうだろう。そんなに難しい説明はいらない。産業革命以降、化石燃料の使用が増え、二酸化炭素などの温室効果ガスが大量に排出され、大気中の濃度が高まり、熱の吸収が増え気温が上昇し続けているということである。そしてこのままでは今世紀末には平均気温が約4℃上昇する。地球温暖化は地球全体の気候を大きく変える気候変動を引き起こす、健康障害、疾病、食糧不足、水不足、水資源不足、生態系への影響や被害をもたらすと、学者や専門機関が警鐘を鳴らし続けているのである。これは人類や地球の未来において最重要課題なのだ。まず院長自身の口からそのことを伝えてほしい。スタッフたちはどんな反応をするだろう。今日からすぐにできることはある。診療所や家庭で一人一人が行う小さな工夫は地球温暖化の防止につながっていく。さらには再生可能エネルギーの拡大や、温暖化対策に熱心に取り組む企業を応援してきた先進諸国では、既に新たな雇用もうまれ、確かな経済効果までもたらしていることにも着目すべきだろう。地球、人類の未来は今からの私たちの行動にかかっている。

翌朝も同じ時刻に同じ場所で子どもたちの通学列をみながら、私は国連気候行動サミットでのグレタ・トゥーンベリさんのスピーチを思い出していた。「大絶滅を前にしているというのに、あなたたちはお金のことと、経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり」「私はあなたたちを絶対に許さない」。もう地球の悲鳴は身近なところで感じ取れる。

今日待合室に「未来のために 今すぐ行動を」と書いたポップを置こうと思う。今年南極大陸では気温18.3℃を観測したそうだ。

なお、「地球の悲鳴」は、『季節の中の診療室 瀬戸内海に面したむし歯の少ない町の歯科医師の日常』(クインテッセンス出版社)に収録。