米国睡眠歯科医学会専門医として睡眠歯科に取り組む「DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA」の宮地舞先生に、アメリカにおける睡眠歯科の最新トレンドや、近年関心が高まる時間栄養学と睡眠の関係性について伺いました。 DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA 歯科医師 宮地 舞 先生 <宮地 舞(みやち まい)先生プロフィール> 2015年 東京医科歯科大学歯学部歯学科 卒業 2020年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校歯学部病院 口腔顔面痛・睡眠歯科学専門医 コース修了 2020年―現在 歯科成増デンタルクリニック勤務 DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA勤務 Institute for Dental Sleep Medicine(https://idsm.jp/)主宰睡眠に関するアメリカのトレンド
― 日本でも睡眠時無呼吸に関連した医科歯科連携の需要が高まり、睡眠歯科に注目する 先生が増えています。宮地先生はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で睡眠歯科について学ばれ、今も日本とアメリカを往来されています。睡眠に関するアメリカのトレンドを教えてください 現在、アメリカでは、デジタルデバイスを活用して睡眠の質を可視化することが、注目されています。例えば、加圧センサーが内蔵されたベッドや、アクチグラフィーという時計型の加速度センサーなど、睡眠中の動きや体温などから睡眠の質をモニタリングする機器が増えてきています。また、指に装着するパルスオキシメータで睡眠中の無呼吸や低呼吸を判断するAHI(Apnea Hypopnea Index)を予測する機器も登場し、より簡単に睡眠時の呼吸状態を可視化できるようになってきています。 もうひとつのトレンドは、日本でもよく知られたビッグデータを扱う企業が睡眠に関する 分野に進出していることです。企業が開発しており、私たちが日常的に使用している機器に睡眠の項目を加えることで、多くのビックデータを収集しています。それらのデータを元に、より一人ひとりに合わせた快適な睡眠を提案することができる時代にきていると考えています。 また、2024年の米国睡眠学会では、サーカディアンリズム(概日リズム)と睡眠との関係に関するトピックスが多くみられました。 ― 宮地先生も治療で利用しているデバイスはあるのでしょうか? 普段からウェアラブルデバイスを使用されている患者さんには、そのデータを参考にさせていただくことがあります。例えば、いびきを携帯アプリなどで録音していただくと、口腔内装置治療前後のいびきの変化や、自身のいびきへの気づきにもつながります。また、日中の運動量を把握することで、睡眠・食事・運動を軸とする睡眠衛生指導にも役に立てることができます。さらに簡易的に睡眠中のSpO2の低下をモニタリングするために、SpO2や脈拍を終夜測定できるパルスオキシメータを活用しています。ただし、ウェアラブルデバイスの多くは独自のアルゴリズムを用いて、睡眠を可視化していることもあるため、治療に活用するためには、その技術の特徴を理解し、慎重に使用する必要があります。 現在、SpO2や脈拍を終夜測定できるパルスオキシメータを活用し、睡眠時無呼吸のスクリーニングを行っている。 ― チャットGPTのような生成 AIの活用、あるいは院内の DX 化は日本でも高い関心があります。このあたりについて、アメリカの歯科医院の様子を教えてください アメリカでは保険会社とのやりとりもあるため、詳細なカルテを記載する必要があります。その場合、生成AIが歯科医師と患者の会話を聞き取り要約する試みもあるそうです。また、DX化に関しては、受付を無人化し、リモートワークによる遠隔操作や、アプリやタッチパネル機器によって受付や次回の予約などを行うクリニックが増えている印象です。 ― ところで、日本とアメリカでは睡眠に対する意識に違いはあるのでしょうか? アメリカでは、高血圧や糖尿病などの発症リスクとして知られる睡眠障害に関心を持つ方がいる印象です。医療費も日本に比べて高額なため、病気を未然に防ぐ意識があるのかもしれません。また車社会であることから、睡眠検査を推奨している運輸関係の会社が多い印象を受けます。さらに離婚費用も高いことがあり、家庭円満のためいびき治療を行う方もいるようです。医療体制では、各専門分野が確立していることが特徴的です。例えば、肥満の方が減量するための専門外来があり、睡眠時無呼吸治療の中で減量を取り入れる必要がある場合は、専門外来を受診して頂き、運動や栄養のサポートを受けていただくことができます。また、栄養学や東洋医学など多方面からのアプローチを行う傾向も出てきており、よりパーソナライズされた医療を提供できる印象を受けます。 日本では、政府や学会、睡眠機器メーカー、医療従事者が連携し、ヘルスケアの観点から睡眠の質を向上しようという動きが出てきています。日本人は骨格的にも睡眠時無呼吸になりやすいと言われており、睡眠時間も他諸国に比べて少ないことで有名です。また、コロナ禍によるリモートワークの普及により、会社への行き来が減り、部屋の中で1日を過ごす人が増えました。そのような生活リズムの変化により、睡眠の質が悪くなるといったことも、影響しているかもしれません。 舞先生の母親でもあり、クリニックのブランドディレクターを務める宮地理津子先生と。睡眠障害や生活習慣病の予防・改善につながる「時間栄養学」
― 生活のリズムといえば、体内時計の観点から栄養について考える「時間栄養学」を取り入れた診療を実践されていると伺いました。時間栄養学とはどのような学問なのでしょうか 睡眠歯科治療では、睡眠や生活習慣の改善のための睡眠衛生指導を行うことがあります。睡眠の量と質を向上させるためには、栄養・運動・睡眠を自身に合わせてバランスよく摂る必要があり、その方法の一つが「時間栄養学」です。時間栄養学とは、体内時計と食事の相互作用を考慮し、効率的に健康維持を目指す方法です。例えば、朝食にタンパク質を摂ることはより良い睡眠につながります。その理由は、眠りを誘うホルモンであるメラトニンは、必須アミノ酸のトリプトファンが基質になります。トリプトファンはタンパク質に多く含まれ、肉類や魚類、大豆類、乳製品などを摂ることで質のよい睡眠を促すことができます。けれども、トリプトファンからメラトニンを生成するには 14〜16 時間が必要になります。そのため、夕食にタンパク質を摂取しても、あまり高い効果は期待できません。また、メラトニンは朝、目覚めてから 14 時間後に分泌が始まるため、朝食にタンパク質を摂ることは寝るタイミングで必要となるメラトニンの材料を確保することにつながるのです。 このように、摂取する栄養素だけをみるのではなく、栄養素を効率よく摂取できる体作りを行い、自分の体内時計に合わせて摂取することで、栄養素が体に与える影響が変わってくるのです。この体内時計を考慮した栄養学である時間栄養学が睡眠障害や生活習慣病の予防・改善につながるものとして、今、注目されています。 ― 時間栄養学を診療に取り入れるようになったきっかけを教えてください 睡眠衛生指導をする上で、より患者さんに良い睡眠を提供するためには何が必要なのかを考えていたときに、時間栄養学に出会いました。 アメリカで睡眠歯科治療を行っていたときは、肥満の患者さんが多いこともあり、医科歯科連携だけではなく管理栄養士と患者さんの健康管理についてディスカッションする場面を見かけたことがありました。日本に帰国し、睡眠歯科治療を導入した際に、口腔内装置の効果は出ていても日中の眠気が改善しない症例や、肥満で閉塞性睡眠時無呼吸が重度であってもCPAPを使用できないため口腔内装置を使用したいという症例がありました。歯科で何ができるか模索したところ、睡眠だけではなく、その人の生活習慣である運動や食事を含めた指導を行うことで、患者さんの主訴を改善できることが分かりました。 人間の睡眠や体温、ホルモン分泌、食欲などは、地球の自転による昼夜の変化と同調しているといわれています。それに合わせて生活を送らないと身体に無理が生じ、体調変化や病気の悪化などが起きる可能性があります。 睡眠衛生指導に時間栄養学を取り入れ、朝食の摂り方や、簡単な運動を習慣化することで、日中の眠気の改善や睡眠の質を向上させることができました。 ― 時間栄養学の視点が加わったことで、他にどんなメリットがありましたか? 睡眠衛生指導をする中で、より患者さん個人に合わせた指導を行うことができるようになりました。例えば、栄養指導を行う際に、アレルギーがあるものを無理に摂取するのはよくないので、食物を細分化してアレルギーの有無を確認できる検査も導入しています。この検査では数滴の血液から遅延型食物アレルギーを確認することができ、栄養指導を行う際に参考にしています。また、より好循環な生活を送るためには、運動、食事、睡眠を自分のリズムに合わせてとる必要があります。患者さんの生活習慣や生活スタイルを把握して、ライフステージに合わせた指導を行うことができるようになりました。 栄養指導のために、数滴の血液で数十種類の食物アレルギーを検査できる検査キットを導入している。 脂質の摂り方に悩んでいる方には、ココナッツオイルを入れたコーヒーを勧めることがある。取材当日、 理津子先生が振る舞ってくださった。ブレンダーで撹拌すると、まるでカプチーノのような泡立ちで味だけでなく見た目も楽しめる。これからは宇宙空間でいかに快適に、健康に過ごせるかを追求する時代
― 宮地先生は宇宙に関するお仕事もされています。最近ではどんな取り組みをされているのでしょうか? 一般社団法人「宇宙美容機構」から刊行される資料の中で、睡眠の質の向上、ムーンフェイス・顔周囲の筋力ダウンへの対策、帰還後の摂食・嚥下リハビリのための、顔まわりの筋肉ケアについて担当させていただいています。これまで人類にとって、宇宙は特別に選ばれた人がミッションを行う場所というイメージでしたが、現在は、観光目的で宇宙に滞在したり、移住先として火星がターゲットになってきています。そのような時代では、宇宙でのウェルビーイングが求められ、いかに宇宙で快適に、健康に人間らしく生活していくかを考える必要があります。宇宙空間で食べる宇宙食は、食べやすいように液状だったり、柔らかく加工されているものも多いです。しかし、咀嚼運動は人間にとって大切な機能であり、しっかりと咀嚼をして食物を取り入れないと、摂食・嚥下機能や身体に影響が出るといわれています。そのため、食べ物の形状や喉周りのトレーニングも必要になると考えています。また、居住する惑星が変わると、その星に合わせたリズムに適応する必要があるかもしれません。 当院では単に健康を目指すのではなく、心身ともに満たされた状態である「ウェルビーイング/Well-being」をキーワードに診療を行っていますが、宇宙空間でもまさにウェルビーイングを求めた取り組みがさまざまな企業によって行われています。 ― とても興味深いお話ですね。最後に今後の目標を教えてください 患者さん一人ひとり、様々な背景や目標を持っているため、求めるウェルビーイングは違うと考えています。患者さんが本当に求めているウェルビーイングな状態を引き出し、歯科治療を入り口に、睡眠や栄養指導を通じて、患者さんの人生をサポートする歯科医療を心がけたいと思っています。食べることは楽しいですし、眠ることも気持ちがいいですよね。楽しいな、気持ち良いなと思うことは人生にとって大切ですし、体にとっても必要なことです。そのお手伝いを今後も続けていきたいと思っています。 インタビュイー DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA 歯科医師 宮地 舞