歯科医師であり、現代美術作家でもある長縄拓哉先生がファシリテーターとなり、各業界の第一線で活躍するクリエイターとともに歯科医療が抱える課題や可能性について探る新企画。第一回目のゲストはエッセイストの松浦弥太郎さんです。 『デンタルマガジン189号(2024年6月1日発行)』で採録できなかったこぼれ話や松浦さんの歯科に対する思いを伺いました。歯磨きを楽しく続けるヒントが見つかるかも?40歳で矯正治療を経験 僕にとって歯医者さんは“癒しの場”です
長縄:書籍をはじめ、松浦さんがこれまで関わられてきた『暮しの手帖』などの各雑誌、衣料品ブランドとのコラボなど、松浦さんに関するものは何でも漁っています(笑)。他ジャンルの方と歯科医療について考える時、さまざまな気づきを与えてくださる松浦さんがどのような視点で歯科を見ているのかをお聞きしたいと思い、お声がけしました。 松浦:ありがとうございます。今回、どうして僕にオファーがかかったのかなと思ったのですが、僕は歯医者さんが大好きなんです。「来なくていい」と言われても行くようなタイプで(笑)。 長縄:かかりつけの歯医者さんがあるのですか? 松浦:はい。今は2ヵ月半おきにクリーニングに行き、半年に1回くらいのペースでホワイトニングをしています。だから、しょっちゅう行っている感がありますね(笑)。僕にとって歯医者さんは“癒しの場”なんです。 長縄:それはどういう意味でしょうか? 松浦:40歳で『暮しの手帖』の編集長になった時に、暮らしとは何だろうかと考えました。そしたら「食」に行き当たりました。「食」は毎日のこと、しかも1日3度のことなので、人生や生き方と深い関わりがあります。そう思うと“食べ方は生き方なんじゃないか”と思うようになりました。その「食べる」を支えるものは何かと突き詰めると、いちばん大事なのは歯だということに気がつきました。そこで『暮しの手帖』で企画を立て、いろいろな歯科の先生を取材しました。そうするうちに“自分の歯をちゃんとしなければいけない、自分でちゃんとケアをしなければいけない”と考えるようになりました。 長縄:それまで歯の健康については気にされていなかったのでしょうか? 松浦:むし歯になるまで歯医者に行かないタイプでした。それまであまりケアしてこなかった分、これからはしっかりしようと思い、40歳の時に矯正治療もしたんです。矯正治療の期間は毎日のように自分の歯と向き合います。歯医者にも頻繁に通うようになって、それが精神的にも暮らし全体にもコンディションを整えるというのか、良い影響を与えてくれました。“自分の歯がよりよい形になっていくことが、すごく幸せなことなんだ”と実感したんです。それ以来、歯を大切にするようになりました。口腔ケアのグッズ一式を洗面台に並べて順番に使っていくのが楽しい
長縄:それで歯医者は“癒しの場”だと。普段はどんなケアをされているのでしょうか? 松浦 基本的には1日3回、食後に磨きますが、僕は1日の多くを仕事場で過ごすので、気になる時にはパッと磨くこともあります。多い時には1日に4〜5回、歯磨きをすることもありますね。 長縄:口腔ケアのグッズは歯ブラシだけですか? 松浦:いいえ。歯間ブラシ、フロス、タフトブラシも使っています。口腔ケアグッズ一式をホルダーに入れているんです。歯磨きをする時には洗面台にそれを全部バーッと並べて、順番に「これ」「その次はこれ」というふうにやっていきます。これが結構楽しいんですよ。 長縄:歯科に対するリテラシーがものすごく高いですね。なかなかそこまでお口のケアをできるものではないと思います。 松浦:清掃用具を順番にひと通りやるのがコツかもしれません。ルーティーンにしてしまうというか。 長縄:なるほど。お気に入りの歯ブラシはありますか? 松浦:僕が通っている歯医者さんでは、いつも染め出しで使った際の歯ブラシをくださるんです。歯医者さんがくださる物だから良い歯ブラシなのだろうとは思うのですが、実はなんとなく自分には合わないような気がして使わないままなんですけど…。基本的に毛は柔らかくてヘッドが小さいタイプを選んでいます。僕にとって歯ブラシ選びはハンドル、持ち手の部分がどういう形状になっているのかが今は重要なポイントになっています。 長縄:いろいろなデザインのハンドルがありますからね。松浦さんは「モノ」に関する書籍をたくさん執筆されていますが、次の書籍では歯ブラシのことが出てくるかもしれません(笑)。歯ブラシのプレゼントといえば、僕は個展に来てくださった方には、必ずオリジナルの歯ブラシや歯科を連想させるオリジナルのグッズをプレゼントするようにしているんです。僕は創作活動を通じて皆さんのヘルスリテラシーの向上に寄与したいという思いがあります。ですから歯科グッズをプレゼントすることで、帰宅後も歯の健康について考えるきっかけを創出できるといいなと思っています。 松浦:アートはコミュニケーションのツールになりますからね。 2022年12月に開催された長縄先生の個展では、ステッカーやクリアホルダーのほか、オリジナルの歯ブラシやお薬手帳カバーなどが用意されていた。 対談の途中、長縄先生が松浦さんのために描いた絵をプレゼント。「さっそく自宅に飾ります」と松浦氏。手の代わりになるような、そういう道具があると 歯磨きがもっと楽しくなるかも
長縄:本当はしっかりケアをすれば、むし歯も歯周病も予防することが可能なのですが、そうしてくださらない方が世の中にはとても多くいらっしゃいます。歯科医院で待っているだけでは、そういう方たちにはお会いできないので個展を続けています。松浦さんは歯科医院によく行かれるということですが、「歯科医院がもう少しこうだったらいいな」と思うところはありますか? 松浦:スリッパがすごく嫌で、めちゃくちゃ薄いスリッパとかを履かされて、「抗菌」とか書いてあると、「そんなに汚れてないし」って(笑)。自分の生活の中で使わないものを使わされると冷めてしまうというか、仕方がないと我慢している人は多いと思います。 長縄:毎日院内にいると当たり前になってしまって気がつかない違和感というのはありますね。僕が立ち上げた医療や介護従事者向けのオーラルケアに関するグループがあるのですが、そこではよく、「日常で見落としがちな違和感に気づけるようにトレーニングをしましょう」と伝えています。例えば、僕が病院に勤務していた頃、床につぎはぎがあって、車椅子やストレッチャーでそこを通ると段差で必ずガタンとなるんです。ですので患者さんを運ぶ際には「今からガタンといいますね」とお声がけをする、そういうことが患者さんへの気遣いだとみんな思い込んでいました。でも、本当はつぎはぎがあることが問題なのであって、それを改善すればいいんです。けれども、バイアスがかかっているとなかなかそこに思いが至らない。 松浦:違和感といえば、歯磨きで口をすすぐ際に使うコップがあります。もちろんコップは使うのですが、手で水をすくってすすぐことも多くて、なぜなら、口の中だけではなくて口のまわりもすすぎたいからなのだと思います。手の代わりになるようなお椀なのかコップなのか、そういう道具があると歯磨きがもっと楽しくなるかもしれません。洗面所に自分の好きなモノがあって、景色がいいというのは嬉しいですよね。ぜひ、そういう道具をつくってください(笑)。 長縄:松浦さんや松浦さんのファンの方に気に入っていただけるようなコップがつくれるといいですよね(笑)。今回の企画の目的の一つは、松浦さんのファンの方々に松浦さんの歯科に対する考え方や“40歳からでも矯正治療をするのはありなんだ”という話など、デンタルリテラシーに関する情報を届けたいという思いがありました。もしかすると、明日からお気に入りの清掃用具を洗面台に並べて歯磨きを楽しむ方がいらっしゃるかもしれません。そうやって国民全体で健康に関するリテラシーを上げていけたらいいなと思っています。 松浦:そうですね。本当に歯を大切にすると人生が変わります。「歯は大事」と多くの方が言うけれど、本当に侮ってはいけないと思っています。完璧ではなくても、自分できちんとケアをして、矯正治療が必要な方は矯正治療をして。口の中がきれいになると笑顔が変わるんですよ。笑う時に自分の歯に自信がないからと口に手を当てる人がいますが、そういうことが解決されます。それがどれだけ人生にとって良いものであるのかということは強く言いたいです。「今、むし歯はありません」「歯周病も大丈夫です」と言えるだけで、どれだけ自信を持って仕事をして、生活ができるのか。本当に大事だから、僕みたいにしつこいくらい(笑)、歯医者さんに行った方がいいと思います。 長縄:本日は貴重なお話をありがとうございました。 対談後、会場の「Dental Plaza Tokyo」のショールームを見学。松浦氏は初めて見る歯科医療機器・器材に興味津々のご様子でした。インタビュイー 松浦 弥太郎/長縄 拓哉 エッセイスト/歯科医師・現代美術作家 松浦 弥太郎 エッセイスト、日本の文筆家、書籍商。「暮しの手帖」前編集長、COW BOOKS代表。 「くらしのきほん」編集長。株式会社おいしい健康取締役。DEAN &DELUCAマガジン編集長。公益社団法人東京子ども図書館監事。 最近の著書『よりぬき今日もていねいに』(PHP)ベストセラーとなった『今日もていねいに。』『あたらしいあたりまえ。』『あなたにありがとう。』の3冊の本の中から選び抜いた101のエッセイを再編集。 長縄 拓哉 1982年愛知県生まれの歯科医師(医学博士)であり現代美術作家。 2007年東京歯科大学卒業後、東京女子医科大学病院、デンマーク・オーフス大学での口腔顔面領域の難治性疼痛(OFP)研究を経て、口腔顔面領域の感覚検査器を開発。IADR(ボストン、2015)ニューロサイエンスアワードを受賞。デジタルハリウッド大学大学院在学中。現代美術の特性を応用し、医療や健康に無関心な人々や小児のヘルスリテラシーを向上させ疾病予防をめざす。