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睡眠歯科と宇宙美容。「Well-being」を創出するこれからの歯科のあり方

睡眠歯科と宇宙美容。「Well-being」を創出するこれからの歯科のあり方
睡眠歯科と宇宙美容。「Well-being」を創出するこれからの歯科のあり方
米国睡眠歯科医学会専門医として閉塞性睡眠時無呼吸などの治療を積極的に行う「DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA」の宮地舞先生は宇宙美容の分野でも活躍されています。「皆さんの『Well-being』に貢献したい」と語る宮地先生からアメリカにおける睡眠歯科事情や医療コミュニケーションについて伺いながら、令和時代の歯科のあり方を探ります。

さまざまな病気を引き起こす睡眠障害

-- 日本ではまだ馴染みの薄い睡眠歯科ですが、この分野を学ぼうと思ったきっかけを教えてください 私、寝るのがとても好きなんです。一日中、パジャマで過ごしていいのなら、ずっとパジャマでいたいくらいです(笑)。そんなこともあり、東京医科歯科大学歯学部の研修医だった頃、専門外来選択研修で快眠歯科外来に在籍していました。その後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に留学し、保存修復学のプログラム修了後どうしようかと迷っているときに、口腔顔面痛・睡眠歯科医学分野でレジデントを募集していることを知り、応募しました。 アメリカでは睡眠歯科の研究、臨床が盛んに行われており、最先端の睡眠歯科医学に触れられたことは貴重な体験でした。特に歯科が積極的に一般歯科の患者さんの中から睡眠呼吸障害の患者さんを見つけ出す様子や、シームレスな医科との連携は大変勉強になり、患者さんと深く関わりながら共に症状の改善を喜び合う毎日は刺激的で、とてもやり甲斐を感じました。 UCLA時代のレジデント同期と指導教官たちと 恩師のMerrill先生とUCLAのクリニックにて -- アメリカでは睡眠呼吸障害の患者さんを歯科で見つけるケースが多いのでしょうか? 睡眠呼吸障害は、昼間の眠気や倦怠感などの自覚症状がない場合もあります。一方で、睡眠時無呼吸の徴候は口腔内に現れることがあります。具体的には、歯列不正、咬耗、狭窄した歯列、舌の肥大、舌圧痕などです。また、チェアサイドでいびきをかいて寝てしまう、歯科治療中に注水でむせてしまうなども睡眠呼吸障害の特徴です。そうした理由から、アメリカでは歯科で睡眠時無呼吸患者のスクリーニングを行うことが期待されており、米国歯科医師会(ADA)でも「全ての歯科医師が睡眠時呼吸患者をスクリーニングするべき」という声明が出されています。 -- 睡眠呼吸障害があると、日常にどんな影響があるのでしょうか? 閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)の三大症状はいびき、起床時の頭痛、日中の過度な眠気で、他にも倦怠感や夜間の頻尿などが挙げられます。また、合併症として2型糖尿病、高血圧、虚血性心疾患、脳血管障害、認知症、うつ病、逆流性食道炎、性機能障害など様々な病気が挙げられ、生命予後にも影響することが知られています。また、肌荒れや鬱状態の原因のひとつとなる可能性も出てきています。さらに、眠気によって集中力が落ちることで、日中のあらゆるパフォーマンスが低下する場合もあります。その結果、業績不振、失業、家族関係の悪化など、生活全般の質が低下してしまいます。 よくある間違いとして、「たっぷり睡眠時間を取っているから大丈夫」と思い込んでいる方がいます。しかし、睡眠の量が確保できていても、睡眠の質がよくなければ、良質な睡眠を得ることはできません。 -- 起きているときは運動をしたり、食事に気を配ったり、健康に気をつける人は多いと思いますが、“睡眠の質”を意識する人は少ないかもしれません 人が眠る理由は、記憶の整理、脳内の老廃物の排除などと言われていますが、実は大部分が未だに解明されていません。どうして夢を見るのかも分かっていませんし、睡眠が体を休ませるためなのか、それとも体や脳を活性化させるためなのかも分かっていません。ただ、確実に言えるのは「睡眠は必要不可欠だ」ということです。睡眠障害は万病のもとなので、質の良い睡眠はとても大切です。

アメリカで期待が寄せられている睡眠歯科

--先ほど、アメリカは睡眠歯科の研究や臨床が盛んというお話がありました。アメリカの人たちは睡眠障害についてどのような認識なのでしょう? アメリカでは睡眠障害に対する意識が高く、睡眠に関する医療制度も充実しています。そのきっかけは数年ほど前に睡眠障害による経済損失額が大きく報道されたためです。例えば、米国睡眠医学会の2015年の統計では、睡眠呼吸障害による経済損失額は約1496億ドル(日本円で約16兆円)という試算でした。 また、前述のように睡眠呼吸障害があると高血圧や2型糖尿病をはじめとした合併症を引き起こすリスクが高まります。アメリカは民間保険中心の医療制度ということもあり、保険会社としても病気を未然に防ぎたいという意識から、合併症を引き起こす可能性のある睡眠障害をきちんと検査して治療しようという風潮があります。 --アメリカにはそうした背景があるのですね 睡眠障害の問題は今、さまざまな国で注目され、特に睡眠呼吸障害については歯科の介入が重要であることが明らかになっています。実は、日本人の約5人に1人が睡眠関連呼吸障害群で、そのうちの8〜9割が未診断だと言われています。そうした状況を考えると、日本でもこれからニーズが高まるものと予想されますし、歯科医療従事者が積極的に睡眠時無呼吸患者を早期発見・早期治療する必要性を日本でも広めていかなければいけないと思っています。 ただ、その際には世界基準の診療であることが大切だと考えています。というのも、アメリカでは、当初、多くの患者さんが睡眠歯科外来を受診するようになった反面、治療の効果がない、口腔内装置の副作用により治療が継続できないなどの問題が出てきたからです。歯科では主に睡眠関連呼吸障害(SRBD)の中でも閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)患者の診療を行い、成人患者の治療には口腔内装置、特に下顎前方牽引装置(MAD)を用います。その際に口腔内装置治療に適用ではない患者さんの見極めが不十分であったり、口腔内装置を適切に調整できていないなどの理由から、顎関節の痛みや咬合の変化などの副作用が問題となったのです。そこで米国睡眠医学会と米国睡眠歯科医学会が治療のガイドラインを作成しました。当院でも世界基準の睡眠歯科治療を日本の医療体制に合わせながら実施することを心がけています。

医科への直接訪問で開拓した連携先

--OSAの治療はどのようなことを行うのでしょうか? 歯科では成人OSA患者に対しては、一般的に口腔内装置による治療を行いますが、最近では、舌を前上方へ持ち上げたり、口呼吸を促す口腔筋機能療法(MFT)も注目されています。医科では一般的に鼻や口に装着したマスクから機械で空気を送り込み、睡眠時の気道を広げるCPAP療法が行われます。その他にも外科的治療や矯正治療、より良い睡眠を得るための睡眠に関する指導を行う睡眠衛生指導など様々な治療法があります。 --医科と連携して治療を行うケースもあるのでしょうか? 医科歯科連携は睡眠歯科治療の大きな特徴です。OSA治療では、患者さんの具体的な症状、骨格的要因、生活習慣、睡眠習慣等、気道を狭窄させる危険因子が何であるかを必ず見極め、適切な治療法を選択していく必要があります。例えば、口腔内装置治療だけでは症状が改善しない場合は、医科と連携し、口腔内装置とCPAPを併用したコンビネーション治療を行うこともあります。また、鼻閉や咽頭肥大等が見られる場合は、耳鼻咽喉科と協力し、外科処置を検討します。OSAは高血圧などの合併症が見られる場合、医科にてコントロールする必要があります。 --日本での医科歯科連携の状況について教えてください 全国的には、まだ医科歯科連携が進んでいるとは言えない状況です。実際に、医科の先生にお話を聞くと、口腔内装置治療を依頼したくても、どの歯科医院に紹介すればよいか分からないというお声も聞きます。当院でも、アメリカから帰国し睡眠歯科を始めた当初は、連携先を探すことが課題でした。 --どのようにして連携先を探したのでしょう? 自院の近隣で、睡眠時無呼吸検査を行っている医院を探し、直接お電話をして先生との面会をご依頼しました。その中で面会してくださる先生に直接お伺いし、自院で睡眠時無呼吸患者の早期発見を推進していること、またOSAに対する口腔内装置治療を行っている旨を説明させていただきました。 歯科では、医科歯科連携を始めたいけど、どうして良いか分からないというご意見もいただきます。睡眠歯科治療は、医科歯科連携を始めるよいきっかけになるのではと考えています。

宇宙にもニーズがある歯科医療

--宮地先生は睡眠歯科以外にもさまざまな分野で活躍されています。最近では宇宙美容のお仕事もされていると伺いました。そもそも宇宙美容とはどういうものなのでしょう? 近年、ロケットや人工衛星の製造や打ち上げ、衛星データの活用など、宇宙ビジネスの分野が急成長しています。その中でも宇宙における健康や医療が注目されています。というのも、これまで宇宙飛行士は閉鎖空間で実務をこなすという仕事が主でしたが、今は民間人であっても宇宙に行けるようになり、次は誰が火星などの他惑星に住むのかという時代です。宇宙で生命活動を維持するというフェーズから、宇宙空間でいかに快適に、健康に過ごすかというフェーズに変わってきているのです。 例えば、宇宙で使用するオーラルケアグッズは、私たち専門家の立場からすると、改善できる余地がたくさんあります。また現在は、宇宙飛行士が宇宙へ行く前に、歯科治療を終えておく必要がありますが、宇宙空間で暮らすようになれば、宇宙で歯科治療を行う必要も出てきます。そうした宇宙における口腔周辺の美容や医療の研究を一般社団法人宇宙美容機構と一緒に行っています。 --とても壮大なお話ですね。宇宙にはもともと興味があったのですか? 幼少の頃から憧れがありました。小学生の時に発明アイデアを競う「サイエンスビジョンコンテスト」という企画に応募して、グランプリを受賞しました。その際に新聞のインタビューで「宇宙で歯科治療をしたい」と答えていました。そして2022年に行われた、宇宙航空研究開発機構(JAXA)による宇宙飛行士選抜に応募し、途中選考まで残りました。それらのことがきっかけで宇宙美容にも携わることになりました。まさか本当に、歯科医師として宇宙に関われるなんて感無量です。 第3回宇宙美容シンポジウムに登壇した時の様子 --今後も宇宙飛行士は目指されるのでしょうか? 現在は地上から応援する立場を頑張りたいと思います。もし宇宙に行くことができたら、ゆっくり寝てみたいですね(笑)。宇宙飛行士によると、宇宙で眠るのはとても気持ちが良いそうです。さらに面白いのが、宇宙飛行士が地球に帰って来て最初に感じることは、“舌の重さ”だそうです。睡眠時に舌が喉をふさいでしまうことがOSAの原因の一つでもあるので、無重力空間がどのように睡眠時無呼吸に影響を与えるのかにも興味があります。

これからの歯科が目指す「Well-being」とは?

--今後の目標を教えてください 最近、睡眠歯科に関するオンラインのセミナーを定期的に実施したり、医科の学会で講演をしています。こうした活動を積極的に行い、多くの歯科の先生や医科の先生に睡眠歯科医学に関心も持っていただけたらと思っています。そして、一般の方にも睡眠呼吸障害という病気があり、睡眠について悩みがあれば、歯医者さんで相談できますよということを伝えていきたいですね。 --最後に歯科医療に携わっている方々に向けて、メッセージをいただけますか 当院が目指しているのは「Well-being」を実現するための医療です。「Well-being」とは「Well(よい)」と「Being(状態)」が組み合わさった言葉で、直訳すると「幸福」や「健康」という意味になります。単に身体的に良好で、病気でないことが「健康」ではありません。身体的にはもちろん、精神的にも社会的にも良好な状態が持続的に続いていることが本当の意味での「健康」であり、「幸福」であると考えています。 昔は歯科医院には虫歯の治療で通いましたが、今は予防のために通います。そして、今後はより幸福に、より健康に、「Well-being」を目指すために歯科医院に通うようになると思っています。その際には睡眠歯科の役割が今以上に大きくなるのではないかと考えています。 --具体的に睡眠歯科が「Well-being」にどのように関わってくるのでしょうか? 睡眠呼吸障害は虫歯や歯周病などと違い、ダイレクトに症状が現れず、患者さん自身も気がつきにくい病態です。けれども日中のパフォーマンスが落ち、生命予後にまで関わるなど、その影響は大きなものです。日々の診療で積極的に睡眠呼吸障害の患者さんを見つけ出し、治療へと導くことで患者さんのQOLや健康寿命を高める。それは人生そのものを良くすることであり、まさに「Well-being」を実現するものだと思っています。 実際に、睡眠歯科治療は患者さんから喜んでもらう機会がとても多いです。「仕事の成績が上がった」「顔色が良くなって明るくなったと言われた」「今まで悩んでいた肩こりが治った」「毎日が楽しくなった」などのフィードバックを患者さんからもらえることは、とても大きな喜びです。この喜びを多くの歯科の先生方にも体験していただきたいと思っています。そして、より多くの患者さんの「Well-being」を創出できるように、これからも頑張っていきたいです。 <了> 【関連 動画コンテンツリンク】 睡眠歯科と宇宙美容。「Well-being」を創出するこれからの歯科のあり方 今すぐできるコミュニケーション力アップの方法

著者宮地 舞

DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA
歯科医師

経歴
  • 2015年 東京医科歯科大学歯学部歯学科 卒業
  • 2016年 東京医科歯科大学歯学部病院第二総合診療部 臨床研修終了
  • 2018年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校歯学部病院 保存修復分野プリセプタープログラム修了
  • 2020年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校歯学部病院 口腔顔面痛・睡眠歯科学専門医コース修了
  • 2020年 歯科成増デンタルクリニック 勤務
  • DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA 勤務
  • 東京医科歯科大学病院 歯系診療部門 口腔機能系診療領域 義歯科 
  • (専)快眠歯科(いびき・無呼吸)外来 
  • 2023年―現在
  • 歯科成増デンタルクリニック 勤務
  • DENTISTRY TOKYO SINCE 1925 MIYACHI SHIKA 勤務
  • 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 
  • 摂食嚥下リハビリテーション学分野 
宮地 舞

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