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詰め物や入れ歯をつくる技術は、まさに“神業”。歯科技工のすばらしさを多くの人に知ってほしい。

詰め物や入れ歯をつくる技術は、まさに“神業”。歯科技工のすばらしさを多くの人に知ってほしい。
詰め物や入れ歯をつくる技術は、まさに“神業”。歯科技工のすばらしさを多くの人に知ってほしい。
歯科医師であり、現代美術作家でもある長縄拓哉先生が各業界の第一線で活躍するクリエイターとともに歯の健康について考える連載企画。第2回目のゲストはグッドデザイン賞の審査副委員長を務め、家具から自動車までさまざまなデザイン開発に携わるプロダクトデザイナーの倉本仁さんです。
『デンタルマガジン190号(2024年9月1日発行)』で採録できなかったこぼれ話や倉本さんの歯科に対する思いを伺いました。


プロダクトデザイナー倉本 仁 氏 / 歯科医師・現代美術作家 長縄 拓哉 先生
本対談は、東京都目黒区の「JIN KURAMOTO STUDIO」にて開催されました。


<倉本 仁(くらもと じん)氏プロフィール>
プロダクトデザイナー。プロジェクトのコンセプトやストーリーを明快な造形表現で伝えるアプローチで家具、家電製品、アイウェアから自動車まで多彩なジャンルのデザイン開発に携わる。素材や材料を直に触りながら機能や構造の試行錯誤を繰り返す実践的な開発プロセスを重視し、プロトタイピングが行われている自身の“スタジオ”は常にインスピレーションと発見に溢れている。iF Design Award、Good Design賞、Red Dot Design Awardなど受賞多数。


<長縄 拓哉(ながなわ たくや)先生プロフィール>
1982年愛知県生まれの歯科医師(医学博士)であり現代美術作家。2007年東京歯科大学卒業後、東京女子医科大学病院、デンマーク・オーフス大学での口腔顔面領域の難治性疼痛(OFP)研究を経て、口腔顔面領域の感覚検査器を開発。IADR(ボストン、2015)ニューロサイエンスアワードを受賞。デジタルハリウッド大学大学院在学中。現代美術の特性を応用し、医療や健康に無関心な人々や小児のヘルスリテラシーを向上させ疾病予防をめざす。


変わりゆくライフスタイルに合わせてプロダクトのデザインにも常に変化が求められる

長縄:歯科疾患は糖尿病などの全身疾患と関係が深く、むし歯予防がさまざまな病気の予防につながることが知られています。その一方で、健康にもう少し気をつけてくだされば、病気を未然に防げたかもしれないと感じる場面に出くわすことが少なくありません。そうした医療の課題をクリエイティブの力で解決できるのではないかと考え、倉本さんにお声がけさせていただきました。まずは倉本さんがプロダクトデザインの道に進んだきっかけから教えていただけますか? 倉本:高校生の時に大工のアルバイトをしていて、「将来はこういう仕事をするのもいいな」とぼんやり考えていました。進路を決める時期になって悩んでいると、父親から「お前は勉強が中途半端だから得意なことを伸ばせ」と言われ、美術大学を勧められたんです。小さい頃から絵を描いたり、工作したりするのが好きでしたし、大工仕事を通じて、ものづくりの楽しさを感じていたため、美術大学でプロダクトデザインを学ぼうと決めました。それが直接的なきっかけです。大学卒業後は電機メーカーで携帯電話やパソコンといったハードウェアのデザインの仕事に10年ほど携わっていました。 長縄:そこからどのような経緯で独立されたのでしょうか? 倉本:もともと家具が好きで、仕事のかたわら、木製の家具をつくっては展覧会に出品していました。会社が終わったら、一晩中、作品づくりに没頭して、気がつくと明け方になっているなんてこともしょっちゅうで、当時は給料もボーナスも全部、作品づくりに注ぎ込んでいました。 長縄:たしかに創作活動にはお金がかかりますよね。 倉本:そうですね。時間もお金もかかるのですが、それが楽しくもありました。自分の作品づくりは会社で携わるデザインとはまた別のアプローチで、体力的には疲れていても、集中して作品をつくっているとあっという間に明け方になっている、そんな毎日でした。そうこうするうちに仕事の引き合いが来るようになり、31歳で独立して現在に至ります。 長縄:例えば、椅子は世の中にいくらでもあります。何百年も前から椅子という形があり、どこの家庭にも、どこの職場にも必ずあります。そんな椅子をあえて新しくデザインするのはなぜなのか、というところにとても興味があります。 倉本:僕自身、独立したばかりの頃にまったく同じことを感じたことがありました。家具メーカーから椅子製作の依頼があったのですが、引き受けてみたものの、「あれ?椅子を新しくデザインする必要ってあるんだろうか?」と思ってしまいました。北欧にはいい家具メーカーが昔からたくさんあって、椅子が欲しければ、そこで買えばいい。僕がわざわざつくる必要はないんじゃないかと思いはじめると、デザインができなくなってしまったんです。その状態のまま、プレゼンの日を迎え、「すみません。今日はお見せできる案はないんです。リサーチもしたのですが、デザインをする意味合いがわからなくて、全然、手が動かないんです」と正直に伝えました。するとメーカーの方は「家具を新しくデザインする必要はある」と明快に言い切ったんです。「えっ!デザインする理由は何ですか?」と訊ねたら、「昔はソファーがテレビの前にドンとあって、そこにお父さんがビールを飲みながら座っていた。でも、今はスマホを片手に家族みんながいろんな方向を向いて座っている。ライフスタイルはどんどん変化していくから、家具もそれに合わせて変える必要があるし、提案する必要がある」とおっしゃいました。それを聞いた途端、即座に「ありがとうございます!」と返答して、すぐに製作に取りかかりました(笑)。

30年、40年と愛着を持って使ってもらえるためにはあえて“格好良すぎない”こと

長縄:作品に対するアプローチが変わったのでしょうか? 倉本:まずはリサーチの方向性を変えて、不動産屋をまわり、都内の物件を調べたんです。それでわかったことは住居が高層マンション化していることでした。そして、そういう物件のリビングはたいてい大きな窓に面していました。また、リビング・ダイニング・キッチンが比較的コンパクトな一つの連なりになっていて、例えば、お母さんなんかがキッチンとリビングを行ったり来たりするような動線のイメージでした。 長縄:住宅環境や生活環境が変化していたわけですね。 倉本:そうなんです。そこで窓を遮ったり空間を圧迫したりしないように、そして、立ち座りがしやすいように低い椅子を考えました。また、リラックスして過ごしてほしいので肘が置けるアームチェアにし、アームも都市型住宅の狭いスペースに合わせて短めの構成にしました。この椅子は10年以上前の作品ですが、発売当初から評判がよく、今でも人気があります。この時の成功のおかげで、今の僕があると言っても過言ではありません。 倉本さんがプロダクトデザイナーとして大きく飛躍するきっかけになった椅子を前に長縄先生も興味津々のご様子。 長縄:倉本さんにとってターニングポイントとなった作品なんですね。ライフスタイルの変化に合わせて作品をつくる一方で、家具は何十年と使うものだと思います。長く使ってもらうことを意識してデザインされることはあるのでしょうか? 倉本:もちろん、メンテナンスしながら何十年と使っていただきたいと思っています。そのために、僕がよくやるのは“格好悪くする”作業です。デザインして、模型をつくって、どうだろうかと眺めて、「なんだか格好良すぎるから少しだけ不細工にしよう」みたいな…。格好良すぎると、取っつきにくくなるように思うんです。そのため、気を遣わない、30年、40年と一緒に過ごすパートナーとして、生活空間に馴染ませるために少し緩く、ボヤッとしたデザインにすることがあります。「もうちょっとボテっとさせよう」「やっぱり戻そう」みたいな作業を繰り返すのですが、これが実はいちばん難しい判断で、時間がかかることが結構あります。 長縄:前回、対談させていただいたエッセイストの松浦弥太郎さんも「あえて、うまい文章にならないようにしている」とおっしゃっていました。 倉本:そうなんですか。たしかにそれと似ているかもしれませんね。 長縄:例えば、歯科医院を開業するとき、格好良い内装やロゴにしようと考えるけれど、実はそうじゃないほうがいいのでしょうか? 倉本:好みもありますし、先生と患者さんとの相性もあると思いますが、僕は、案外、昔ながらの歯医者さんの雰囲気が好きですね。格好良すぎると、ちょっと遠慮してしまうというか。例えば、こぎれいな飲食店よりも赤ちょうちんのほうがいいみたいな感覚ってあるじゃないですか(笑)。

倉本さんのオーラルケア事情を初公開!

長縄:確かにありますね(笑)。倉本さんのかかりつけの歯医者さんはどんなところなのでしょうか? 倉本:昔ながらの町の歯医者さんです。院長先生は口下手な感じなのですが、信頼して、10年くらい通っています。以前、神経を抜く治療をその歯医者さんでして、今は半年に1回、クリーニングで通っています。クリーニングはもっと頻繁に通ったほうがいいのでしょうか? 長縄:基本的には3〜6か月に1回、歯医者さんでプロフェッショナルケアを受けたほうが良いと言われています。でも、受診した時に何のトラブルもなく、新たな治療が始まらないのであれば、今のペースで問題ないと思います。普段のセルフケアはどうされているのでしょう? 倉本:歯磨きは朝晩の2回で、ときどきフロスを使います。フロスは毎日したほうが本当は良いんですよね? 長縄:僕もフロスは毎日使いませんが、フロスをすると歯石になりかけの汚れが取れるので、基本的には毎日したほうが歯肉炎の予防にはなります。あと、むし歯予防にはブラッシングだけではなくて、フッ素入りの歯磨き粉が重要なんです。 倉本:そうなんですか。おすすめの歯磨き粉はありますか? 長縄:フッ素濃度にはppmという単位が使われるのですが、なるべくppmの数字が高いものを僕はお勧めしています。歯ブラシはどんなものを使っていますか? 倉本:本当に惚れ込んでいる歯ブラシがあるんです。歯医者さんで売っているスタンダードな歯ブラシなんですが、凹凸もあまりなく、シンプルなデザインで、用の美の最高峰みたいな感覚で使っています。この間も買い足して、100本くらい家にあるんですよ(笑)。 長縄:それは販売停止になってしまったら困る、みたいなことですか? 倉本:そうです。買いだめして、色違いのものを家族全員で使っています。

歯医者さんや歯科技工士さんの技術は世の中に誇れる神業!

長縄:その歯ブラシのメーカーやデザイナーさんが聞いたら、泣いて喜びますね(笑)。でも、お気に入りの歯ブラシがあると歯磨きするモチベーションにもなると思います。冒頭にもお伝えしたようにむし歯予防が全身のさまざまな病気の予防につながります。その意味でも、多くの方に定期的に歯医者さんを受診していただきたいのですが、倉本さんから見て、歯医者さんに足りないものとか、もっとこうしたほうがみんなが通いやすくなるんじゃないかみたいなアドバイスはありますか? 倉本:歯医者さんって「お医者さん」と「クラフトマン」の2つの側面がありますよね。ぴったりと自分に合った被せ物が入ると、「ああ、これは誰かがどこかでつくったんだろうな」と思って、職人魂みたいなものを感じます。 長縄:そうおっしゃっていただけると嬉しいですね。被せ物や入れ歯は歯科技工士と呼ばれる専門職が製作しています。技工物の材料は製作過程で数%だけ膨張したり、収縮したりするんです。その誤差を計算して、ぴったりと合う被せ物や入れ歯を作るのは、ある意味で神業と言えるかもしれません。 倉本:神業ですよ。以前、新しい被せ物が入った時、ぴったりと自分の口に合い、とても感動しました。だから、この技術のすばらしさが皆さんに伝わればいいのになと思っています。 長縄先生が3Dプリンターを使って製作されたマウスピースに、今度は倉本さんが興味津々。 長縄:ありがとうございます。でも、残念なことに、今、歯科技工士の成り手が減っていて、そうした高い技術を持った方々も高齢化で少なくなっているんです。 倉本:そうなんですか!? 良い被せ物や入れ歯が入ったら、それだけで嬉しいですよね。良いジャケットを着ると「今日はイケてるな」みたいな感覚と似ているというか。歯科技工士さんの存在を歯医者さんはもっと前面に出してもいいんじゃないでしょうか。ユーザーとしても、そのほうが安心して詰め物や入れ歯を入れる気持ちになるかもしれません。 長縄:家具屋さんに行くと、「(この家具は)この人がつくりました」みたいにデザイナーさんの写真が飾ってありますよね。歯科技工士の仕事もそういうふうに格好良く見せることができそうです。 倉本:最近、義足でも、どこまでデザインが行き届いているかみたいな話がありますが、被せ物や入れ歯も同じですよね。そうした職人の技術がもっと注目され、世の中に誇れるものになっていくといいなと、デザイナーの一人として思います。 長縄:そうですね。僕たちもまだまだ歯科として発信力を高めなくてはいけないとあらためて感じました。本日はありがとうございました。 倉本さんの干支「辰(龍)」をモチーフにした長縄先生自作の絵をプレゼント。創作のアイデアや技法について、お二人の話は尽きません。 インタビュイー 倉本 仁(プロダクトデザイナー)/ 長縄 拓哉(歯科医師・現在美術作家)

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