ゴールデンウィークの青空を背景に、欅や紅葉の若葉が優しく風に揺れていた。初夏を思わせる太陽の光を避けようと、建物の日陰から木陰へと歩を進める。木陰はひんやりと涼しく、葉の裏にある気孔から水蒸気が出る「蒸散作用」の効果は、暑さが増すにつれて実感できる。 このところ、昨春に鉢植え椿を移植した我が家の「椿の森」の新芽の勢いを確認するために、日中でも足を踏み入れることが多い。昨夏の酷暑に耐えられなかった5本を除き、順調に新芽が無数顔を出し、小枝へと成長を続けている。それを眺める私の顔は、1日の中でもっとも穏やかな表情が浮かぶ瞬間かもしれない。 特に気になっていた品種の新芽に顔を近づけた時、スマホにメール着信音が響き、大阪に住む姉から「EXPO2025 大阪・関西万博に入場している」との知らせが届いた。イタリアパビリオンへの入場について尋ねたメールへの「予約が取れなかった」という返信を見ながら、展示されているというレオナルド・ダ・ヴィンチの直筆スケッチと、映画『ダ・ヴィンチ・コード』を思い出していた。それは目の前に並ぶ新芽たちのせいである。 この映画は、世界的なベストセラーとなったダン・ブラウンの同名小説を原作とし、トム・ハンクス主演で映画化されたものである。ルーブル美術館の館長が変死し、ハーバード大学教授のラングドン(トム・ハンクス)は、死体の周りに残された暗号の中に名前があったことから容疑者になる。やがて疑いの晴れた彼は、館長の孫で暗号解読官のソフィーとレオナルド・ダ・ヴィンチの名画に隠された暗号を解き明かし、キリスト教に秘められた謎に迫るというストーリーである。 映画の中では、地下金庫を開けるために「1 1 2 3 5 8 1 3 2 1」が暗号として使われている。この数列はフィボナッチ数とよばれ、前の2つの数値を足した数が並んでいくという規則性がある。そしてこれは自然界に潜む不思議な数列ともいわれている。 実は植物の茎に付く葉の位置は、すべての葉が重なり合わずに効率良く光を受け、また茎の強度のバランスを保つためにフィボナッチ数列に従っている。どの程度の角度でズレるかは、植物の種類によって決まっている。そして、植物の葉の配置がフィボナッチ数列に従っていることは「シンパー・ブラウンの法則」とよばれている。 フィボナッチ数列には黄金比が隠れていて、それらを用いると葉が効率良く光を受ける角度137.5度が導かれるらしい。生物にとって都合が良いというこの数列を思い出しながら、若枝の葉並びを観察していると、5月の風に乗ったアオスジアゲハが頭上を舞っていたので、目で追う。チョウの模様も葉と同じくフィボナッチ数列に従っているのだ。 その時何気なく眺めた風景の中に、定規で測ったように等間隔で整列する鳥の姿が目に飛び込んできた。最近の研究で、鳥類は私たち人間とは異なる感覚能力、驚くべき知性をもち、独自の世界を築いていることが明らかになってきている。思わず人差し指と親指を広げ個体間の距離を測るような仕草をし、しばらくその配列に何か大きな意味があるのかと、いろいろ考えてはみた。 しかし結局その見事なまでの配列には、複雑な数列は存在しないように思われた。おそらく一羽ごとの「パーソナルスペース」がほぼ決まっていて、それが等間隔を生み出しているのだろう。等間隔に並ぶことで衝突や競争が少なくなり、秩序が保たれ群全体の安全性が維持できているに違いない。それは空いている電車で等間隔に座っている人々の姿に重なる。おそらく鳥も人間も、基本的には自分のスペースを守りながら、快適に過ごそうとしているのだ。 若枝に、足元の花に、そして花々を飛び交うチョウの模様にと、自然界に隠された神秘的な配列には感動すらおぼえる。一方、一瞬で目をひく見事な等間隔の配列は、単に生物個体が衝突を避けようとする馴染みあるもの。秘めやかな神秘的な配列と、なんとも理解しやすい日常の配列に気づいた、5月の「椿の森」で。

著者浪越建男
浪越歯科医院院長(香川県三豊市)
日本補綴歯科学会専門医
略歴
- 1987年3月、長崎大学歯学部卒業
- 1991年3月、長崎大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
- 1991年4月~1994年5月 長崎大学歯学部助手
- 1994年6月、浪越歯科医院開設(香川県三豊市)
- 2001年4月~2002年3月、長崎大学歯学部臨床助教授
- 2002年4月~2010年3月、長崎大学歯学部臨床教授
- 2012年4月~認定NPO法人ウォーターフロリデーションファンド理事長。
- 学校歯科医を務める仁尾小学校(香川県三豊市)が1999年に全日本歯科保健優良校最優秀文部大臣賞を受賞。
- 2011年4月の歯科健診では6年生51名が永久歯カリエスフリーを達成し、日本歯科医師会長賞を受賞。
- 著書に『季節の中の診療室にて』『このまま使えるDr.もDHも!歯科医院で患者さんにしっかり説明できる本』(ともにクインテッセンス出版)がある。
- 浪越歯科医院ホームページ
https://www.namikoshi.jp/
