近年、日本では南海トラフ地震や首都直下型地震など、大規模地震のリスクが指摘されています。また、毎年のように大型台風や線状降水帯による集中豪雨、予測困難な大洪水といった自然災害が発生しています。このような災害の発生に際し、特に配慮や支援の必要な方々がいます。その中で高齢者や障がい者は、災害発生時にみずからすばやく情報を入手し、安全な場所へ避難することが難しいため、「災害時要援護者」として位置づけられています。 こうした方々の安全確保を図るため、自治体や関係者により事前に「個別避難計画」の策定が進められており、災害時にはその計画に基づいて適切な支援が行われることが期待されています。 この「個別避難計画」には、要援護者が災害時にどのように避難し、どこで支援を受けるかといった行動指針が定められています。また、要援護者の避難先として「福祉避難所」が用意されることもあります。福祉避難所は、通常の避難所での生活が困難な方々を受け入れるために開設されるものであり、社会福祉法人や高齢者福祉施設、障害者福祉施設などが協定を結び、協力して運営されます。また、避難生活における配慮が必要な方々に特化した設備や支援を提供する重要な施設ですが、支援の整備や連携には課題が残っているのも事実です。 災害発生時、避難先で生活する要援護者の健康を維持するためには、特に「口腔ケア」が重要となります。避難生活中、誤嚥性肺炎などのリスクが増すため、日常的に口腔ケアが必要な高齢者や障がい者にとっては、口腔衛生を適切に保つことが命にかかわる問題となります。避難所生活が長引くほど、歯科医療者の支援が欠かせない要素となります。 こうした状況に備えるために、私たち歯科医療者も、訪問診療で支援している要援護者が個別避難計画をもっているかを確認し、未策定であればケアマネジャーや家族と連携し、必要な計画の策定を支援することが求められます。また、どの施設が福祉避難所に指定されているかなどの情報を事前に把握し、患者さんの避難支援に備えることも、私たちにとって重要な責務といえるでしょう。 ただし、災害時には個々の判断で避難所を訪れるのではなく、地域の歯科医師会や日本災害歯科支援チーム(Japan Dental Alliance Team:JDAT)などと連携し、組織として行動することが必要です。地域の歯科医療者が連携して動くことで、支援の手が行き届かない地域や情報の届かない福祉避難所に対しても迅速な対応が可能になります(図1)。 図1 徳島赤十字ひのみね医療療育センターに設定されているイメージオブジェ「共生」。 実際の災害時には、すべての避難所からの情報がつねに正確に提供されるとは限らず、現場での判断や対応が求められる場面が少なくありません。私たち歯科医療者が日頃から訪問している要援護者がどの福祉避難所に避難する予定であるか、その避難所の情報が届いていない場合などには、即座に対応できるよう備えておくことが、地域での歯科医療支援活動においても重要な課題となります。 また、災害時の支援活動においては、避難所での活動に加えて、避難者の安否確認や口腔ケアの継続、地域の歯科医療ネットワークの活用など、多面的な支援が求められます。災害時における口腔ケアは単なる衛生管理にとどまらず、避難者の健康維持に寄与する重要な活動です。私たち歯科医療者一人ひとりが、その役割を自覚し、地域で求められる支援の在り方を考えることが重要です。 自然災害のリスクが高まるなかで、歯科医療者がもつ知識や経験を活かして、災害関連死を少しでも減らし、地域社会の一員としての役割を果たすことが求められています。地域での訪問歯科活動が、単なる診療を超えて地域防災力の向上に寄与することを目指し、ともに備え、支援体制を整えていきましょう。
著者高野 栄之
喜多デンタルクリニック、徳島赤十字ひのみね医療療育センター歯科
略歴
- 2002年 徳島大学歯学部卒業
- 同年 徳島大学歯学部第一口腔外科入局
- 2010年 口腔内科学分野
- 2015年 口腔科学教育部博士課程修了
- 2016年 徳島大学病院口腔管理センター副センター長
- 2024年 喜多デンタルクリニック、徳島赤十字ひのみね医療療育センター歯科