1つの病院に1つの歯科、その実現を目指して
-- 森田先生もカムカムスワローのイベントで歯の健康や飲み込みについてお話されることがあると伺いました。カムカムスワローについて、どのような印象をお持ちですか 歯科医療とつながっていないために、う蝕や歯周病を放置している高齢者は多くいらっしゃいます。そうした方の中には咀嚼が難しい状態にも関わらず、「噛めるから治療は必要ない」とおっしゃる方がいます。でも、詳しく伺うと、肉や魚などのタンパク質をほとんど摂らずに、やわらかいご飯やパンといった炭水化物中心の食事を続けているケースが多いのです。そうした食生活は糖尿病などの全身疾患につながってしまうことはもちろん、筋力低下による嚥下障害のリスクも高めてしまう可能性があります。 カムカムスワローでは地域の方々に向け、栄養や健康に関するさまざまな情報を発信しています。病気の時だけ医療と関わるのではなく、元気な時から医療とつながりがあることは大切です。そうしたきっかけづくりの場としてもカムカムスワローは役に立っています。カムカムスワローには管理栄養士が常駐し、食に関する質問に随時対応している。 -- 普段から医療とつながるメリットは、どんなところにあるのでしょうか 誤嚥性肺炎は飲み込む力が落ちる嚥下障害を原因として発症します。この嚥下障害は脳梗塞などの疾患で急激に生じることもありますが、加齢等による口腔の清掃状態・舌の動き・咀嚼する力といった口腔機能が徐々に低下することでリスクが高まってしまうことがあります。嚥下障害以外にも入院後の身体機能の回復にも口腔機能が関連しているという 報告もあります。この事実は一般の方々にはあまり浸透していないため、見過ごされてしまうことも多いのが現状です。普段から医療とつながることで、こういった情報を得ることができるのはもちろん、自身のリスクを早期発見することで対策を講じることができます。 -- カムカムスワローができたことで、何か変化はありましたか カムカムスワローをきっかけに、当院の取り組みに興味を持っていただける周辺の歯科や医科の先生が増えました。実際に、摂食嚥下リハビリテーションを目的として患者さんを紹介してくださる機会が増えました。摂食嚥下リハビリテーションを行う病院は増えてきていますが、患者さんやその家族、地域の先生方にとって、どの病院でどのような嚥下機能検査や摂食嚥下リハビリテーションが行われているのかは分かりづらいのが現状です。当院の外来・入院・訪問診療など様々な形で実施している摂食嚥下リハビリテーションについて、広く知っていただくためにもカムカムスワローで行われるイベントは重要で、今後もその活動を続けていこうと思っています。
-- 高齢患者の飲み込みや口腔ケアについて、歯科の手が行き届いていないと感じることは多いのでしょうか 当院の歯科・口腔外科は2018年に新設されたのですが、それ以前は歯や義歯に痛みがあっても対応が難しく、痛み止めを処方するだけであったり、義歯を外したまま過ごしていただくといった状態でした。歯科が開設してからはそういった症状に対してすぐに対応できるようになりました。また、重度の脳血管疾患や誤嚥性肺炎で経口摂取ができなくなっている方は口腔衛生状態が悪化しやすく、そのまま摂食嚥下リハビリテーションを行うと誤嚥性肺炎発症のリスクを高めてしまいます。そういった患者さんには歯科衛生士の専門的な口腔ケアが必須であり、経口摂取を目指すためには欠かせないものです。しかし全国的に見て歯科のある病院はまだ少なく、口腔の問題に対応できないケースもあります。さらに、入院中だけの話ではないのですが、口腔に問題を抱えたまま誤嚥性肺炎を繰り返し、経管栄養が必要になる患者さんもいます。入院中はもちろん、地域にいる際にも常に歯科と関わり続けることができる環境の整備が必要と考えています。
近石病院のX線透視室(ガラス奥の部屋)では森田先生らによる嚥下造影検査(VF)が行われていた。前室では管理栄養士や言語聴覚士が投影された画像を注視している。 -- 最後に、今後の展望をお聞かせください カムカムスワローとの連携を通じて、飲み込みや口腔ケア、そして歯の健康について、地域の方々に広く伝える取り組みをこれからも続けていきたいと考えています。そして、飲み込みに関する問題で困った時には頼れる場所があることを多くの方に知っていただければと思います。 私の大きな目標としては、「1つの病院に1つの歯科」を実現することです。病院の歯科といえば、一般的に口腔外科のイメージがありますが、様々な疾患で入院された患者さんに対して、う蝕治療や義歯の調整、口腔衛生管理などの歯科治療や多職種連携による摂食嚥下リハビリテーションを行う歯科も病院にとって重要な存在と考えています。どの病院にも歯科があり、高齢者の口腔に関するさまざまな問題にきちんと対応ができる環境が整えば、より健康的で豊かな社会になると思っています。学会での発表など、その実現に向けた努力を今後も続けていきたいと思います。 →近石病院 近石 壮登先生の記事『歯科が立ち上げた「食べる」を支えるカフェで 地域と医療をつなげる新たなチャレンジ<Part1>』はこちら インタビュイー 森田 達 医療法人社団 登豊会 近石病院 歯科・口腔外科 診療部長・歯科医師
<森田 達(もりた すぐる))先生プロフィール> 2014年 大阪歯科大学歯学部 卒業 同大学附属病院 臨床研修歯科医 2015年 大阪歯科大学 大学院入学 (高齢者歯科学専攻) 2019年 大阪歯科大学 大学院修了 医療法人社団 登豊会 近石病院 歯科・口腔外科

著者森田 達
医療法人社団 登豊会 近石病院 歯科・口腔外科 診療部長・歯科医師
略歴
- 2014年 大阪歯科大学歯学部 卒業
- 同大学附属病院 臨床研修歯科
- 2015年 大阪歯科大学 大学院入学 (高齢者歯科学専攻)
- 2019年 大阪歯科大学 大学院修了
- 医療法人社団 登豊会 近石病院 歯科・口腔外科
