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面白くて深〜い骨免疫学の世界 Part1 〜歯科との密接な関係性〜

面白くて深〜い骨免疫学の世界 Part1 〜歯科との密接な関係性〜
面白くて深〜い骨免疫学の世界 Part1 〜歯科との密接な関係性〜
皆さんは「骨免疫学」という学術分野をご存じでしょうか? 実はさまざまな歯科疾患のメカニズム解明につながる研究として、現在、歯科領域で世界的に注目されている分野です。それにしても「骨」と「免疫」にはどんな関係があるのでしょうか。そして、どうして骨免疫学が歯科疾患のメカニズム解明につながるのでしょうか。歯科領域で骨免疫学が注目されるきっかけをつくられた、歯科医師の塚崎雅之先生にお話を伺いました。

東京大学大学院医学系研究科骨免疫学寄付講座
特任助教 塚崎 雅之 先生

<塚崎雅之先生プロフィール>
2013年昭和大学歯学部卒業後、1年間の臨床研修を経験したのち、東京大学大学院医学系研究科に進学。免疫学教室にて骨免疫学研究に従事し、2018年に同大学院を修了(医学博士)。日本学術振興会特別研究員DC1、PDを経て、2020年12月より東京大学大学院医学系研究科 免疫学(骨免疫学寄附講座)の特任助教に就任。2018年より昭和大学歯学部口腔生化学講座兼任講師。2021年11月より東京歯科大学 微生物学講座 非常勤講師。

歯科と骨免疫学の深い結びつき

-- 骨免疫学とはどのような学問なのでしょうか? 整形外科医であり、私が所属する研究室の教授でもある東京大学大学院医学系研究科免疫学教室の高柳広先生による関節リウマチの研究がきっかけで生まれた学問です。関節リウマチは免疫の異常が原因で骨が壊れる病気ですが、高柳先生が研究を始めるまでは、骨と免疫をつなぐ概念が世の中にはありませんでした。しかし、その両者は人間の身体の中で相互に作用しながら生体の維持に深く関わっています。高柳先生が関節リウマチの観点から、免疫細胞が破骨細胞に与える影響を解明した論文を2000年に発表し、その論文に対してNature誌が“Osteoimmunology(骨免疫学)”という呼称を用いたことで「骨免疫学」という言葉が誕生しました。 -- 日本で生まれた学問なのですね そう言っていいと思います。骨免疫学の発展により関節リウマチのメカニズム解明や新たな治療法の開発などが進み、現在、世界的に注目されています。 -- その骨免疫学に歯科はどのように関係しているのでしょうか? 高柳先生が論文を発表するよりも以前、昭和大学歯学部口腔生化学講座の教授だった須田 立雄先生が日本の歯学部から世界の骨代謝研究をリードする研究成果を次々に報告されていました。須田先生らのグループが破骨細胞をつくる指令因子を発見し、その因子が骨と免疫系の両方で非常に重要な役割を持つことが明らかになり、後の骨免疫学の創生へとつながりました。実は1970年代に、世界で初めて免疫と骨の関係を報告したのも歯周病を研究していたアメリカの歯科医師であり、歴史的にも骨免疫学と歯科は深い結びつきがあるんです。よくよく考えてみれば、歯科の臨床現場で観察される大部分の現象に骨代謝と免疫が関与しています。例えば、歯周病は細菌感染によって活性化した免疫系が骨代謝のバランスを崩し、歯を支える骨を溶かします。矯正治療によって歯が移動するのも微細な炎症によって歯槽骨のリモデリングが起こるためです。根尖性歯周炎も細菌によって炎症が生じ、骨吸収が起こります。オッセオインテグレーションも骨を削って炎症が起きた後、骨が再生する際にインプラント体と結合します。このように日常的に歯科臨床で観察される現象の多くは骨代謝と免疫が関わっているんです。 炎症性骨破壊の概念図 細菌感染やがん、自己免疫応答に伴う過剰な免疫系の活性化は、破骨細胞による骨吸収を促進、骨芽細胞による骨形成を阻害し、歯周病やがん骨転移、関節リウマチによる骨破壊を引き起こす。 (塚崎雅之先生のご著書『歯学生・歯科医療従事者のための骨免疫学』より引用)

ダイナミックな骨の新陳代謝

--塚崎先生はどうして骨免疫学の道に進んだのでしょうか? 大学2年生の時に須田先生の講義を受けたことがきっかけです。純粋に「骨って面白いな」と思いました。須田先生らの発見は、今では世界的によく使われている骨粗しょう症の基本的な治療薬の開発にまで発展しています。歯科領域の研究がまったく違う領域にもインパクトを与えることにとても感銘を受けたんです。すぐに骨の研究をしてみたくなり、学部時代から口腔生化学講座に通い、上條竜太郎先生と山田篤先生に研究をご指導いただきました。特に山田篤先生には直接的に手取り足取り基礎研究のイロハを教えていただき、それが私の研究者としての基盤になっています。 --骨の何が面白かったのでしょうか? 骨は一般的に安定したイメージがあると思います。けれども実際は、破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成によって常に新陳代謝を繰り返しています。そのスピードは1年で10パーセント、10年ですべて入れ替わると言われています。そのダイナミックさに面白みを感じました。それから破骨細胞も面白いですね。普通の細胞は核が1個だけなのですが、破骨細胞には何個もあります。核は人間で言えば、脳みたいなものなので、「どうして核がたくさんあるのに1つの細胞として統制が取れているのだろう」「そもそもどうして骨を溶かすべきタイミングや場所が分かるんだろう」。そんなこともまだ解明されておらず、奥が深い学問だと思っています。 解析室で熱心に研究に取り組む塚崎先生。 --ところで塚崎先生はサウナに関する論文も発表されているそうですね そうなんです。日本サウナ学会の学術大賞を2度受賞しています。 --そんな学会があるんですか!? サウナの愛好者や研究者などが参加し、サウナに関する研究や適切な入り方の啓蒙活動を行っている、2019年に設立された団体です。大賞を受賞した論文がどんな内容だったかというと、1つはサーファーズイヤーに関するものです。冷たい海で長期的に繰り返しサーフィンをすると、耳の穴に骨隆起ができる現象があり、ひどい場合は耳の穴が塞がってしまいます。サーファーに好発するので「サーファーズイヤー」と呼ばれていますが、たまにサーフィンをまったくしないのに発症する人がいます。彼らを調べてみるとサウナの愛好者で、水風呂に頭まで浸かってしまっているんです。サーファーもサウナ愛好者も反復的な冷水の刺激が骨増殖を引き起こしていると考えられます。ですから、「水風呂には頭まで浸からないようにしましょう」という注意喚起と、温度の刺激によって骨が増えるのなら、その作用を利用した骨再生療法の開発にも発展させていけるのではないかという、まあ、半分遊びですけど、半分本気でサウナの論文を書いています。サウナは気持ちがリフレッシュするし、昔から好きなんです。特にサウナ後に飲むビールは最高ですね(笑)。 第一回日本サウナ学会学術大賞 記念講演(オンライン)の様子。 第二回日本サウナ学会 (帯広)にて、“サウナ界のボンジョビ”こと「ととのえ親方」と。

歯科医師というバックグラウンドを大切に

--研究をする楽しさはどんなところにありますか? 祖父、祖母、父、叔父と、家族全員が臨床歯科医師の家系に産まれ、私は長男だったので、昔はなんとなく、父の歯科医院を継ぐのかなと思っていたのですが、臨床は私よりも圧倒的に上手な先生がたくさんいます。だけど、今は自分にしか書けない論文がある、自分にしか出せない世界観があるという実感があります。海外から講演に招待される機会も増えてきたのですが、海外の研究者や歯科医師が私の論文をよく読んでいてくださり、非常に歓迎してくれます。そうやって世界の方々とつながれたり、歯科以外の領域の先生方と交流が生まれたりするので夢がある仕事だと思っています。 --「自分にしか出せない世界観」というのは、どのようにして手に入れたのでしょうか? 私自身の最大のユニークさ、強みは歯科医師であることだと思っており、歯学のバックグラウンドに強い誇りとこだわりを持っています。どんな研究をするにしても歯科医師ならではの発想や着眼点を忘れないように心がけています。たぶん最初からオリジナリティを身につけている研究者というのはいなくて、自分のバックグラウンドに加えていろいろな経験を積んで、それらをミックスして、その結果として自分の色というものが出てくるんじゃないでしょうか。 --今後の目標を教えてください マクロファージという体内に侵入した細菌などのゴミを食べる細胞がいるのですが、脳や肺、肝臓などに常在しているものを「組織マクロファージ」と呼び、実は破骨細胞もこの仲間です。破骨細胞だけでなく、組織マクロファージをまとめて研究するような方向性を考えています。最近では、免疫とは関係ない細胞が口腔がんの進行を抑えることを発見して論文を投稿しており、「非免疫細胞による免疫学」という骨免疫学の上位概念を切り拓けるのではないかと思っています。進化学・古生物学的な観点を取り入れた歯周病の研究も進めていますし、歯や骨をつくるための仕組みが破綻した結果起こる致命的な病気として、血管石灰化の研究にも力を入れています。歯科医師ならではの着眼点から質の高いサイエンスを推進することで、歯科臨床への貢献だけでなく、生命科学全体にインパクトを与えるような概念の創出へと繋げたいと思っています。研究は、先人の積み重ねた発見の上に新しい発見をすることであり、「巨人の肩の上に乗る」作業といわれます。私としては、須田先生や高柳先生のような先人たちが築いた骨免疫学を発展させつつ、次のステージへと昇華していけたら嬉しいです。骨免疫学はすぐに役立つテクニックの話ではないかもしれません。でも、どうして骨隆起ができるのか。どうして歯周病が進行すると骨が溶けるのか。そういう疑問に対し、回答を導き出せる学問だと思っています。それはきっと何らかの形で臨床にも役立つものであり、何より日々の臨床をもっと楽しくする知識だと思いますので、一人でも多くの方に骨免疫学に興味を持っていただけると嬉しいです。 【関連 動画コンテンツリンク】 面白くて深~い骨免疫学の世界 Part1 ~歯科との密接な関係性~ 面白くて深~い骨免疫学の世界 Part2 ~歯科研究者ってどんな仕事~

著者塚崎 雅之

東京大学大学院医学系研究科骨免疫学寄付講座 特任助教

略歴
  • 2013年昭和大学歯学部卒業後、1年間の臨床研修を経験したのち、東京大学大学院医学系研究科に進学。
  • 免疫学教室にて骨免疫学研究に従事し、2018年に同大学院を修了(医学博士)。
  • 日本学術振興会特別研究員DC1、PDを経て、2020年12月より東京大学大学院医学系研究科 免疫学(骨免疫学寄附講座)の特任助教に就任。
  • 2018年より昭和大学歯学部口腔生化学講座兼任講師。
  • 2021年11月より東京歯科大学 微生物学講座 非常勤講師。
塚崎 雅之

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