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口腔粘膜剥離と口腔衛生用品との関係

口腔粘膜剥離と口腔衛生用品との関係
口腔粘膜剥離と口腔衛生用品との関係
「歯磨き剤を使うと口腔内の粘膜が剥ける」という訴えを患者さんから聞いたことがあるでしょうか? 日常的に使用している歯磨剤や洗口剤と口腔粘膜剥離(OMP: Oral Mucosal Peeling)や口腔粘膜落屑(Oral Mucosal Desquamation: OMD)の関連が示唆されています。2019年に発表されたシステマティックレビュー(Perez-Lopez ら)をもとに、OMPの病態・診断・管理について整理します。

OMP(またはOMD)とは、灰白色の帯状・膜状上皮が自然に剥落するか、容易に剥がれる状態を言います。剥離後の粘膜は概ね正常な外観を保ちます(Perez-Lopez ら(2019)とEstevesら( 2020)に症例写真が提示されていますので、それらを参照してください)。1970年代初頭から口腔衛生用品との関連が指摘されてきましたが、Perez-Lopez ら(2019)が最初のシステマティック・レビューです。410件の文献から最終的に15報が選択基準に合致し、OMPと歯磨剤や洗口剤の病因的関連を検討しています。

OMPは無症状なことも多く、患者さん自身が気にしないケースもあります。一方で、原因が特定できないことに不安を覚える患者さんも少なくありません。原因物質として口腔衛生用品を系統的に問診することが重要です。

OMPの鑑別診断として念頭に置くべき疾患は以下のとおりです。
・びらん性口腔扁平苔癬
・類天疱瘡・天疱瘡などの自己免疫疾患
・口腔カンジダ症
・機械的・熱的・化学的外傷
・薬剤性反応
・ウイルス感染症
・再発性アフタ性潰瘍
・剥離性歯肉炎

記述研究(症例報告・症例集積)では計28例が報告されており、そのうち23例では歯磨剤や洗口剤との関連が確認されました。また、それらの症例と重なるか否かは明らかではありませんが、23例は無痛性でした。その他には、痛みを伴うびらんや、灼熱感・口腔乾燥感を訴えた症例が報告されています。

OMPと最も関連性が多かった製品がラウリル硫酸ナトリウム(Sodium Lauryl Sulfate: SLS)配合歯磨剤の21例でした。アニオン系界面活性剤であるSLSは、上皮細胞間構造を破壊し、粘膜透過性を亢進させ、タンパク質変性を引き起こすと考えられています。これはアスピリン熱傷などの化学的外傷に類似した毒性反応ですが、より軽微な形態です。実験的研究では、SLS濃度とOMP発生率・範囲に明確な用量反応関係が示されています。また、実験的研究での歯石抑制剤(ピロリン酸塩3.3%)配合歯磨剤群に、OMPと潰瘍形成が認められたことが示されています。

OMPの好発部位は歯槽粘膜・口腔前庭・頬粘膜です。重症例では口腔全体に広範な病変が及ぶこともあります。経過は3日〜10年と多様で、原因物質への曝露が継続するかぎり症状も持続します。性差・年齢パターンに明確な傾向はなく、わずかに50代女性に多い報告があります。

歯磨剤中の成分に、OMPを抑制するものもあります。0.3%トリクロサン配合歯磨剤は、1.5% SLS配合製品と比較してOMP発生数と重症度を有意に低下させていました。SLS分子の粘膜への浸透阻害、表層上皮細胞の安定・保護、炎症カスケードの抑制がそのメカニズムとして考えられています。亜鉛(zinc)も粘膜安定化に寄与する可能性があります。フッ化第一スズ配合歯磨剤は、増白剤・香味料強化型フッ化ナトリウム配合製品と比較して、口腔内有害反応(剥離・潰瘍・炎症・紅斑)の発生率が有意に低いことが示されています。

OMPの診断は、口腔内の精査と、剥離性病変を誘発しうる局所物質(口腔衛生用品を含む)の特定に焦点を当てた問診が基本です。治療は基本的に原因製品の使用中止のみです。解消までの期間は24時間〜3週間と報告されています。薬物療法は必要としません。日常の診療で「粘膜が剥ける」という訴えに遭遇したとき、まず使用している歯磨剤を問診することで、診断と治療が完結する場合もある、というのがOMPの最大の特徴です。


参考文献
Perez-Lopez D, Varela-Centelles P, Garcia-Pola MJ, Castelo-Baz P, Garcia-Caballero L, Seoane-Romero JM. Oral mucosal peeling related to dentifrices and mouthwashes: a systematic review. Medicina Oral, Patologia Oral y Cirugia Bucal. 2019 Jun 28;24(4):e452.

Esteves CV, de Campos WG, Paredes WE, Nunes FD, Alves FA, Lemos CA. Could sodium lauryl sulfate be an irritant factor in oral mucosal desquamation?. Int J Case Rep Images. 2020;11:101184Z01CE2020.


著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

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