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日本の齲蝕減少を語る時に忘れてはならないこと

日本の齲蝕減少を語る時に忘れてはならないこと
日本の齲蝕減少を語る時に忘れてはならないこと
日本の小児や青年の齲蝕の減少は、他の先進国から遅れつつも、同様に劇的な変化が起こりました。たとえば、12歳児DMFTを文部科学省の学校保健統計調査から分析すると、1980年代以降40年以上にわたり一貫して減少し、2023年には0.53に到達しました(Yamashita 2026)。その理由について語られる時に、忘れられがちなことがあります。この視点を見落とすと、他の因子を過大評価することになったり、今後の歯科医療の進歩に支障が生じたりするでしょう。それは、学校歯科健診における2000年代の診断基準の変化と鋭利な探針による診査の廃止です。

それ以前のかつての学校健診では、初期の脱灰や、鋭利な探針でわずかに引っかかる小窩裂溝、褐色や黒い着色など、疑わしいものはすべて治療対象とし、「将来的に大きな齲蝕になる前に削って詰める」のが標準的なアプローチでした。このような診断基準では、第一大臼歯が萌出したばかりのほとんどの6歳児でもDMFTが4になることは珍しくありませんでした。

1970〜80年代にかけて「フッ化物による初期齲蝕の再石灰化」のメカニズムが科学的に証明されると、世界中でその方針は一変します。世界保健機関(WHO)は、齲蝕の疫学調査における診断基準を厳格化していきました。

日本ではこのパラダイムシフトは約20年遅れて生じ、1994年に「要観察歯(CO)」という検出基準が設けられました。明確な実質欠損(窩洞)が確認できるもののみをD(Decayed:未処置齲蝕)として扱うことにより、書類(データ)の上では、実質欠損のない初期病変が「齲蝕」のカウントから一斉に除外されることになりました。これが統計上のむし歯の数を押し下げたことは否定できません。「疑わしきは罰する」から「疑わしきは罰しない」方針に反転したおかげで、どのくらいDMFTが減り、どれだけカリエスフリー者率が増えたことでしょうか。

さらに2002年には学校歯科保健で鋭利な探針を用いることが廃止されます。それまでは、鋭利な探針で小窩裂溝を強く突き、その「引っかかり」で齲蝕を診断していました。しかし、この行為自体が「再石灰化可能なエナメル質を破壊し、人工的に窩洞を作ってしまう(齲蝕を進行させる)」という弊害が指摘されました。

スウェーデン・マルメ大学歯学部カリオロジー講座の当時のダン・エリクソン助教授は、初期齲蝕に罹患しているエナメル質の状態を日本の生花用吸水スポンジ、フローラルフォーム(Floral-foam)に喩えて、どれだけその歯面を大切に、大切に保護しなければならないかを説明されました。フローラルフォームは緑色をした固形物ですが、植物の茎を刺すと簡単に穴が空いて、茎がスッと入っていき、植立させることができます。硬いエナメル質でも、分子レベルで脱灰している表面を鋭利な探針で不用意につつくことで、フローラルフォームにできるような穴が空いてしまうだろうというわけです。可逆的病変だった初期齲蝕に、非可逆的な穴を開けてしまう、これでは医原的な齲窩になってしまいます。しかし、その当時は「学校健診で使う探針は鋭利でなければ、スティッキー感を触診することができず、齲蝕を見逃す」という意見も根強くありました。この廃止のおかげでまた、多くの初期齲蝕病変が救われ、DMFTが減り、カリエスフリー者率も増えたはずです。

もちろん、これらの診断基準の変更や鋭利な探針利用の廃止だけで日本の齲蝕減少のすべてを説明することはできません。砂糖消費量の減少、フッ化物配合歯磨剤の普及、保護者の健康意識向上、定期歯科受診の増加、シーラントの普及など、多くの要因が複合的に作用したことは間違いないでしょう。しかし同時に、学校歯科健診におけるCOの導入や鋭利な探針の廃止が、統計上のDMFTやカリエスフリー者率に少なからぬ影響を与えたこともまた事実です。私たちが日本の齲蝕減少の歴史を振り返る時、単に「齲蝕が減った」という結果だけでなく、「齲蝕をどのように診断するようになったのか」という診断学の進歩にも目を向ける必要があります。齲蝕減少の物語は、予防法の進歩だけでなく、齲蝕という疾患そのものの理解が深まった歴史でもあるからです。


参考文献
Yamashita Y. A 40-year decline in permanent-tooth caries among 12-year-olds in Japan in the absence of systemic fluoride-based prevention: public health implications. BMC Public Health. 2026 May 18. 

著者西 真紀子

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長・歯科医師
㈱モリタ アドバイザー

略歴
  • 1996年 大阪大学歯学部卒業
  •     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
  • 2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
  • 2001年 山形県酒田市日吉歯科診療所勤務
  • 2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修了 Master of Dental Public Health 取得
  • 2018年 同大学院修了 PhD 取得

西 真紀子

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