連載にあたって
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科口腔保健学分野の入江浩一郎と申します。2025年1月に長崎大学に着任し、「一生自分の歯で食べられる社会の実現」を目指して、口腔の健康と予防に関する教育・研究・臨床に取り組んでいます。 本連載では、長崎大学歯学部の特色の1つである離島での学生教育を中心に、五島列島をフィールドとした医科との共同研究や、地域の健康を支える取り組みについて全6回にわたりご紹介します(図1)。日々の診療に携わる先生方にも、患者さんの暮らしや、地域における歯科医療の役割について考えていただく機会になれば幸いです。![]()
図1 五島列島。長崎県の西部に位置し、約150の大小の島で構成される。
これからの歯科医療に求められるもの
社会全体で高齢化が進むなか、歯科医療に求められる役割も変化しています。う蝕や歯周病の予防・治療、失われた歯の機能回復に加えて、口腔の健康を通じて全身の健康を支えることが、ますます大切になっています。 病気の治療中から回復期、在宅療養や介護、そして人生の最終段階まで、患者さんの状態や希望に応じた口腔の支援が必要です。口腔衛生や食べる機能を保つことは、栄養や感染管理にもかかわります。歯科医師には、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、介護職などと協力し、患者さんの生活に寄り添う姿勢が求められます。そのためには、診療の技術だけでなく、全身の状態や生活背景を理解し、必要な支援について考える力を育てることが重要です。患者さんが何を食べ、どのように暮らし、何を大切にしているのか。こうした問いを、学生のうちから考えてほしいと思っています。暮らしを知ることから始まる歯科医療
離島での実習は、通院手段や医療・介護資源など、患者さんの暮らしを支える条件に目を向ける機会になります。歯科医療を生活のなかで捉えることが、離島で学ぶ大切な意味の1つです。たとえば、患者さんに定期的な受診を勧めるとき、その方がどのような交通手段で通院しているかを、私たちはどこまで把握しているでしょうか。また、口腔清掃の方法を説明しても、ご本人だけでは実践が難しく、家族や介護者の支援が必要な場合もあります。 生活の場に赴くことで、診療室では見えにくかった事情に気づくことができます。患者さんにとって実行可能な方法を考えるには、口腔内の状態に加えて、身体の状態や日々の暮らしを理解する必要があります。 地域で働く医療従事者の工夫や、住民同士のつながりから学ぶことも少なくありません。学生には、地域の方々から教えていただく姿勢をもち、1人ひとりの言葉に耳を傾けてほしいと考えています。こうした経験が、患者さんの思いを尊重し、生活を支える歯科医療につながるはずです。「五島コホート研究」について
学生が離島実習で訪れる五島市は、地域の健康を継続して調べる研究のフィールドでもあります。私たちは、医科の研究者や地域の関係者と共同で「五島コホート研究」に取り組んでいます。 医科と歯科が共同で研究することで、口腔の状態と全身の健康を合わせて捉えることができます。歯周病や口腔機能についても、口腔の状態だけでなく身体の状態や生活習慣とのかかわりから考えられる点が、この研究の大切な特徴です(図2)。 こうした視点は、学生教育にもつながります。1人の患者さんをていねいに診ることに加えて、地域全体ではどのような健康課題があるのか、その課題にどのような支援が必要なのかを考える。現場で生まれた疑問を研究につなげ、得られた知見を地域に還元する姿勢も、学生に伝えていきたいと思っています。![]()
図2 五島コホート研究の一環として行われている健康診断の案内。
五島での学びを、これからの歯科医療へ
医科では、ドローンによる薬の配送や遠隔医療など、離島で医療を届けるための取り組みも行われています。これらを歯科にどう応用できるか、対面での診療とどのようにつなげられるかを考えることも、今後の課題です。学生には、地域の現状を知るだけでなく、その課題に対して何ができるかを考える姿勢を育んでほしいと願っています。 離島で得られる学びは、将来、離島で働く人だけに必要なものではありません。患者さんの生活を理解し、地域の人々や他職種と協力しながら健康を支えることは、どこで診療する場合にも大切です。 本連載では、こうした教育・研究の取り組みを、具体的な場面とともにお伝えします。次回は、五島での離島実習の内容と、そこで学生が何を学ぶのかについてご紹介します。
著者入江 浩一郎
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科口腔保健学分野教授
略歴
- 2006年 岡山大学歯学部卒業
- 2011年 同大学大学院医歯薬学総合研究科予防歯科学分野修了
- 2012年 米国ワシントン大学歯学部
- 2015年 岡山大学病院講師
- 2017年 米国コロンビア大学医学部
- 2022年 神奈川歯科大学歯学部准教授、文部科学省高等教育局医学教育課技術参与
- 2025年 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科口腔保健学分野 教授
- 日本口腔衛生学会
- 日本歯周病学会
- 日本老年歯科医学会















