Dental Life Design

あなたのデンタルライフを彩るメディア

むし歯の少ない町の歯科医師の日常
第2回:報酬

2020/1/15 デンタル〇〇デザイン

メジャーリーグベースボール(MLB)の開幕が待ち遠しい。昨年暮れにMLB現役ナンバーワン投手といわれているゲリット・コールが、ニューヨーク・ヤンキースと契約合意に達したことで、ヤンキースファンはワールドチャンピオンの決定的なパズルが揃ったと確信した。そして私もその一人である。子どもの頃から憧れていたヤンキースに入団する彼の年俸は、投手史上最高額となる9年総額3億2,400万ドル(約353億円)と、私たちにとっては現実味のない数字である。

わかりやすく説明してみよう。もし故障がなければレギュラーシーズンとポストシーズンで約40試合に登板することになる。トレーニング、準備時間などを考慮しなければ、1試合に登板すれば1億円、1試合の投球数を約100球とすると、1球投げる毎に100万円を得ることになる。しかもこれは彼の実力からすれば、今のMLBでは納得できる数字だというから驚きである。

コール投手の年俸額を目にすると、少し前にスポーツジムのランニングマシーンの上を走りながら見たテレビ番組のことを思い出した。途中から見始めた番組は、お笑いタレントで画家のジミー大西氏を密着取材し、馴染みの店などを訪ねながら、現在の日常生活と思い出話も織り交ぜ進行するものだった。私は芸能界を引退した彼が画家となり高い評価を得ていたので、毎日筆を持ってキャンバスと格闘していることを想像していた。ところが番組終盤、焼き鳥屋でインタビューアーは「なぜ、画家をやめたのですか」と質問を始めた。独特の仕草と言葉で「たまたまこの店に来た時、アルバイト募集の張り紙が目に入ったんですわ。時給千何百円かと書いてあってね、ほんで自分の絵の値段と描きあげるのにかかった時間で自分の時給を計算しました。そしたら時給10円でした。それであほらしなってとりあえず描くのやめました」と説明した。インタビューアーは「えっ、そうなんですか」と頭の先から驚きの声をだした。

身近でも似たような話がある。私の診療所の周りには田園風景が広がり、草花などが栽培されていて、「数ヶ月かけて育てた花を市場に出荷すると、1本1円だった」「買い手がつかなかった」と嘆きの声を聞いたことがあった。しかし、彼らは報われない自分の仕事への対価に向き合いながらも、次の作業に取りかかることはやめてはいない。その一方で、絵を買った人も、花を買って花瓶にいけた人も、それなりの金額で購入しているだろうから、作者の正確な報酬など想像することもないだろう。なんと理不尽な、そう思ってみてもしかたがない。

あのテレビ番組を見てからの数日間、高拡大ルーペやマイクロスコープなどを覗き、診療予定時間を大幅に延長してしまうと、ジミー大西氏の表情と言葉がよみがえり苦笑いを浮かべていた。歯科治療においても、真剣に取り組めば取り組むほど報われない対価というものが生じてくる。それを田舎の一開業医が声を高らかに叫んだところでどうしようもないとも思う。

地域で長く患者さんに寄り添っていけば、すべての世代でのむし歯の予防が重要課題だとより強く認識するようになった。それに対応した活動を続けていると講演や講話などの打診をいただくことも少なからずあり、できる限り引き受けるようにしているが、いまだに私の話は上達しないことが残念ではある。依頼主が「予算があまりなくって……」などと遠慮がちに切り出しても、スケジュール調整できれば、診療所を休診にして無報酬でも出かけることに決めている。そして実情を知らない同業者からは、その姿を「売り込んで」と誤解されたこともあるが、それは私が歯科医師として生きた証でもあると割り切っている。

足を運ぶと思わぬ人との出会いや繋がりができあがり、再会した時にはありがたい言葉をかけていただく。出かけるたびにお金としては換算できない私の心への報酬が少しずつ溜まっていくことを実感するのだ。そして、いつも感謝している。